特集

「アベノミクスの行方」(2019年11月6日開催)
原 真人編集委員講演会抄録

 朝日新聞記者がさまざまなテーマについて語る朝日新聞社講演会を11月6日、アサコムホール(大阪市北区)で開催しました。経済が専門の原真人編集委員が登壇。演題は「アベノミクスの行方」。抽選で選ばれた読者ら170人が熱心に耳を傾けました(以下講演内容の抄録)。



日本の未来 悲観的な若者

 私はこの3年で、延べ10大学の1,000人ぐらいに授業をやってきました。そのたびに、20年、30年、40年先の日本の未来について楽観的か悲観的かについて質問をしています。


 大学生は99%が日本の未来に悲観的です。毎年夏には中学生にも授業をやっています。日本の中学生は100%、日本の未来に悲観的です。中学生や大学生が日本の未来に悲観的だというのは、相当まずいと思います。


 今日、私がお話しするのは、日本の政策、日本の政府について悲観的な話ですが、日本の未来については、私は楽観的です。ちゃんとした政策をやれば、日本はまだまだ、輝かしい未来が待っていると思っているんですが、「こんなことをやっていたら悲観的になってもしようがない」というお話をさせていただきたいと思います。


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 アベノミクスというのは、あいまいな概念で、女性活躍も、1億総活躍も、働き方改革も、アベノミクスと言っていますが、もともとは3本の矢と言っていました。


 思い切った金融緩和、機動的な財政出動、成長戦略の三つです。2本目の財政出動と成長戦略というのは、目新しい政策ではありません。少なくとも1990年代以降のすべての政権が機動的な財政出動をやっていました。経済対策、公共工事、いわゆる伝統的なばらまき策です。


 3本目の成長戦略。自民党政権、民主党政権、すべての政権が成長戦略を持っています。


 何が違うか、1本目の金融緩和です。思い切ったどころではなくて、とんでもない金融緩和を日銀にやらせている。もともと、政府と日銀は別の組織で、日銀つまり中央銀行は政府から独立した組織です。総理大臣が「金融緩和をやれ」と言ったからといって金融緩和をやるものではなかったんですが、この政権では日銀に金融緩和をやらせる政策を立てて、思い切った金融緩和というのが政策になってしまった。


史上空前の金融緩和

 かつ、この金融緩和は史上空前のものです。安倍さんに指名された日銀総裁の黒田東彦さんが総裁に就任したのは2013年の春です。初めての記者会見で「2%、2年、2倍、2倍以上」という2が四つ並んだカードを立てました。


 2年で2%のインフレ目標をつくる。2%物価を上げれば景気がよくなって、日本経済がもっと活気づく。そのために、日銀が出すお金の量を2倍にして、かつ日銀は国債の買い入れを2倍に増やすということでした。

 日銀がお金の量を2倍に増やしたら、2年で2%のインフレになるという理論は、どこにもありません。でも、「2年でお金の量を2倍に増やしたら、物価は2%上げられる。そうすれば、景気がよくなる」と黒田さんは約束しました。


 2008年、日銀が世の中に出すお金の量は88兆円ぐらいでした。これが、おそらく正常な日本経済の実力です。日本経済の中では、90兆円ぐらいのお金を出していれば世の中が回る。


 黒田日銀が発足した2013年、日銀が出すお金は146兆円に増えていました。黒田さんの前任・白川方明さんという総裁が、世界的に見ると超金融緩和をやっていたからです。安倍首相から批判されて、白川さんはほぼ更迭されたわけですが、実は2008年から2013年までの間に50兆円ぐらいのお金を増やしているんです。


 2013年の146兆円を起点にして、黒田さんは2年で2倍に増やすと言ったわけですが、2年たっても物価は上がらないし、経済が好循環になって景気がすごくよくなったというわけではなかった。今、6年以上たって、4倍の520兆円です。


 インフレ率は2%目標に対して0.3%とか0.4%というのが現在です。「2年で2%、2倍、2倍」と言ったことは、まったく実現できていないということです。


 世の中全般の評価では「アベノミクスとかの経済政策はうまくやっているんじゃないか。雇用もいいし、株も高い」と。


 それには三つの理由があります。一つ目、円安・株高をもたらした、二つ目、雇用・就活が好調になった、三つ目は消費増税の延期。10月に消費税は10%になりましたけれども、それまでに2回延期しています。この三つで日本経済を立て直したというイメージで語られていますが、大きな誤解があると思います。


円安・株高 その背景には

 まず、円安・株高。これは半分は正しいけれども、半分は間違っています。正しいところは、株高をもたらしたというところです。それは日銀にETFという上場投資信託、株で構成されているものを毎年6兆円、買わせているんです。


 世界中で、株を買い支えている中央銀行は日銀だけです。そういう特殊なことをやらせて、株式市場を支えているわけです。


 株価の水準を引き上げたというのは、円安によって輸出産業が好調になった2012~2013年の経済状況があったと思います。


 2012年に何があったかというと、ドル高とユーロ高が鮮明に始まった時期です。ギリシャの財政危機が終息し、ユーロがV字回復で高くなった。あわせて、アメリカ経済がリーマンショックの傷から立ち直ってV字回復をした。ですから、2012年にはドル高とユーロ高が始まって、必然的に円安になったということです。


 かつ、そのとき日本では3.11によって原子力発電所がすべて止まりました。LNGの輸入が増えて、日本は貿易赤字で円安になった。


 アベノミクスが円安をつくったわけではなくて、円安になったときに安倍政権が始まったというのが正しい歴史解釈です。安倍さんが「アベノミクスの成功」と言っているので、国民の中にはアベノミクスがこういう経済をつくったという思い込みができたと思うんです。


 2番目の好調な雇用と就活。大学生たちに日本の未来に関して楽観的か悲観的かと聞くと、ほぼ全員が悲観的なのに、アベノミクスは評価していたり、安倍政権への支持率は20代ではけっこう高い。その大きな理由の一つは、就活が好調だということです。


 でも、これは安倍政権でなくても、どんな政権であっても、仮に民主党政権が続いていても雇用は好調だったと思います。なぜならば、生産年齢人口が減っていて、どの企業でも退職者が増えて、人手不足になっているわけです。その中で、若い人をたくさん確保しようという企業が増えるというのは、人口構成からいって必然的な話です。生産年齢人口の減少が主因です。


 三つ目の、消費増税の延期で景気を救ったということですが、消費税増税が景気を悪くしたということを政府とか日銀が言い過ぎたと思います。


 確かに、2014年の消費増税のときには消費が落ち込みました。でも、それは駆け込みがあって消費がどーんと増えたものが反動で減ったわけです。その後も回復しなかったというのは消費増税のせいではなくて、日本での人口減少とか、高齢化社会になって消費が成熟したとか、別の理由だと思います。それをすべて消費増税犯人説に押しつけた。


 安倍さんが「アベノミクスは成功しました」「民主党政権がデフレをつくった。また、あの時代に戻すんですか」と言って国民を脅して「だから自民党です」というわけですけれども、本当でしょうか。


 まず実質GDP。2009年から2012年は民主党政権のときで1.84。安倍政権の2012年から2016年は1.11。実質GDPを比べると、民主党政権のときのほうが、実はいいわけです。


 このデータは、大阪大学の小野善康先生が計算されたもので、借用させていただいています。


 家計民間最終消費、これが重要です。民主党政権のときは1.34、消費はまあまあ好調です。安倍政権は0.39、どちらかというと消費が委縮している。賃金上昇率は0.4と0.5なので、似たようなものです。


 何でアベノミクスのイメージがいいのかというと、一番大きな理由は株価。これは、間違いなく上げました。民主党政権時代の9,000円という数字を額面どおり受け取らないほうがいいと思うのは、リーマンショックからまだそれほどたっていないので、水準として低いのはしようがないです。これを2万円以上に上げて、直近で2万3,000円台への回復です。


 今、アメリカは史上最高値、日本もバブル崩壊後では最高値圏にあります。しかし、日銀が買い支えている異常な経済だということで言うと、これでアベノミクスは成功したと言っていいのかと思います。


世界最悪の財政赤字

 アベノミクスと異次元緩和で何が起こったかというと、財政赤字が拡大しています。IMFが発表しているデータによると、日本の政府、国と地方を合わせて、その借金のGDPに対する比率は230%ぐらい。つまり、政府はGDPの2倍以上の借金を持っているわけです。これがどれくらいひどいのかというと、世界187カ国中で187位です。


 そう言うと、リフレ派というアベノミクスを支持する人たちは「それは、わかっていませんね。日本というのは金持ち国なんです。金融資産をいっぱい持っているから大丈夫なんです」と言う人が少なからずいるんですが、これにもIMFは統計を出しています。


 政府が持っている金融資産を割り引いた負債額、これは統計が86カ国しかないんですが、86カ国中86番目です。つまり、世界最悪の財政状態であると間違いなく言えるわけです。


 敗戦の1945年、日本政府の借金のGDP比は200%超でした。社会状況が現在と似ているんですね。関東大震災、昭和金融恐慌、金融危機、リーマンショック、東日本大震災。震災とか金融危機、恐慌があると「どんな金融緩和をやっても、どんな財政出動をしていいから、経済を立て直せ」ということになる。


 戦前と戦後で違うことがあります。戦前においての、借金の伸びは主に軍事費です。戦前も国債をたくさん発行して、日銀が引き受けました。そして戦後は社会保障です。ですから、軍事費と社会保障という違いはあるけれども、状況は一緒だと。


 最終的にどうなったかというと、ハイパーインフレ、預金封鎖、新円切り替え、100%に近い財産税、戦時特別補償税、つまり国民の資産、財産を国家が収奪したわけです。


 確かに、国家の破たんはないと思います。国家は生き続けるけれども、そのときは国家が国民から収奪するんです。そういうエネルギーが今、ここにたまっていることを認識しておかないといけない。


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 最近、こういう言葉がヨーロッパやアメリカではやっています。ジャパナイゼーション、ジャパニフィケーションといって、日本化と訳されています。ヨーロッパでは主にどういう文脈で使われるかというと「日本みたいにデフレになったら低成長からなかなか抜け出せないからデフレにしちゃいけないんだ」という意味で使われたわけですが、事実上、ヨーロッパもアメリカも日本化していると思います。


 日本の消費者物価の上昇率、インフレ率は0.3%とか0.4、0.5%です。でも、ヨーロッパも1%を切るぐらいの状況が続いています。アメリカも2%のインフレ目標を持っていたけれども、そこに到達しないで、1.5%ぐらいです。


 実は、日本化は既に始まっているんですが、ヨーロッパやアメリカの人は、日本化の本当の問題は何なのかをほとんど正確にわかっていないと思います。


 彼らは、デフレにしてはいけないから金融緩和をして物価を高い水準でとどめなければいけないと思っているんですが、それは大きな間違いで、日本化は必然だと思います。消費が成熟してきたら物価は安定して、むしろ0%台で安定していると考えたほうがいいと思います。


 ヨーロッパとかアメリカもそれに近くなっていて、そこから学ばなければいけない教訓は、そういう社会の中でどういう制度設計にしていくべきかということなのに、物価を2%、3%に上げなきゃいけないと思ったら大きな過ちを犯すと思います。


 最近、ある外国の経済学者が講演で「日本は、ポピュリズムの波にのまれていない」と言ったんですが、それは間違いです。私は、日本が世界で最初に「ポピュリズム」を始めたと思っていて、それがアベノミクスです。世界中のポピュリストのお手本になっているんじゃないかなと思うわけです。その一つに、トランプ大統領が最近、FRBに介入しています。どんどん金融緩和をやれと。これは、安倍さんが日銀に介入したのと同じ手法をやろうとしている。


 もう一つ。2年前のフランス大統領選で、マクロンと戦ったフランス国民戦線のルペンという女性党首がいます。極右といわれていますが、主張を一つずつ見ると、ほとんど安倍政権です。移民を認めないことを含めて言えば、安倍政権のようになりたいという政党だと思います。


 彼女が公約に出したのは、ECBの傘下にあるフランス銀行をフランス政府のもとに取り戻して、財政ファイナンスをやらせる。つまり、安倍政権が日銀にやらせているように、輪転機でお札をどんどん刷らせて、フランス国債を買わせて、税金を半分にまけるという内容でした。


 世界のポピュリストにとって、安倍政権というのはモデルになっているのではないかと思うんですが、必ずどこかで反動はあります。そういう状況を何とか押しとどめるために我々メディアとしても踏ん張らなければいけないと思っております。

   ■会場からの質疑応答

              p2.jpg 【会場から】 2040年には、1.5人で高齢者1人を支える時代がやってきます。中国地方のある自治体は、47.7%という高齢化率です。こういう状況の中で、日本が2040年になったとき、はたして今の状態で継続、あるいはインフレ率が2%でなくても、0%であっても、うまく機能するためにはどういう政策で臨めばいいのかをお聞きしたいと思います。

低成長時代 逆転の発想こそ

【原編集委員】 今の低成長とか低インフレ社会を恒常的なものだとみなして、それに合う社会制度設計をすればいいんじゃないか、日本は、それができる国だと思うんです。

 超高齢化とか人口減少社会というのがマイナス要因になっているんですが、裏を返せば、トップランナーだという言い方もできるわけですね。少なくとも2050年までには、アフリカを除くすべての国が人口減少社会・超高齢化社会になります。日本が先頭を走ってやっていることは、今後数十年の間に、世界のほとんどの国がやらざるを得ないんですね。


 ですから、先に社会制度設計をするとか、シルバーマーケットに向けた画期的な商品を生み出す企業を育てるとか、そういうチャンスが日本のマーケットにはあるという逆転の発想をすれば、決して悲観することはないと思います。


 アベノミクスというのは、そういうことを考えずに、今とりあえず、ドカンと花火を打ち上げて景気をよくすれば、うまく回り始めるという発想ですが、それをやっている限りは社会制度設計を変えようとか、社会保障を持続可能性のあるものにしようという発想は生まれない。早くそういう発想に切り替えるべきだと思っています。

(構成 関西スクエア事務局長・湯浅好範)