関西スクエアからのお知らせ

会員の寄稿

『さそり座のこと』
上方文化評論家  福井栄一様

 歌手・美川憲一の「さそり座の女」は有名だが、何月何日生まれがさそり座なのか、即答できる人は少ないだろう。星占いでは10月24日から11月22日の間に生まれた人が「さそり座」である。
 さそり座は黄道十二星座のひとつ。大きく、形が特徴的で、しかも明るい星が多いので、夜空でよく目立つ。このため、世界各地で神話・民話の恰好の題材となっている。
 代表例としてギリシア神話を挙げよう。

 08 (1).jpg太陽神アポローンは、毎日、光り輝く二輪車を四頭の馬に曳かせて、黄道を駆けていた。アポローンには、下界で暮らすフェートンという息子が居た。
 フェートンは、常々、父親が太陽神であることを誇っていたが、友人たちは信じようとせず、せせら笑うばかりだった。くやしがったフェートンは天へ昇り、アポローンを問いただした。アポローンは「お前はまちがいなく私の息子だ」と認めてくれたばかりか、「望みがあるならかなえてやる」と言ってくれた。
 そこでフェートンは、「有名な日輪の車を一度、走らせてみたい」と申し出た。
 アポローンは「たとえ大神ゼウスでも、あの車を御すのは難しい。私以外の者にはまず無理だろう。東から昇って行く道はたいそう険しい。また、正午に昇りつめた時の高さは凄まじく、私でも恐ろしくて下界を見下ろせないくらいだ。西への下り坂も急だ。それに、黄道には、大牛・大獅子・化け蟹など、たくさんの怪物たちが横たわっていて、邪魔をしてくる。さらに車を曳く四頭の馬たちは口や鼻から絶えず火焔を吐いているぞ。止めた方がよい」と言い聞かせたが、フェートンは聞き入れなかった。アポローンは渋々承知した。
 フェートンは車に飛び乗り、喜び勇んで走り出した。
 ところが・・・。初めて乗ったので勝手が分からず、手綱さばきは曖昧だった。馬は制御を失い、車はたちまち黄道を逸れて暴走した。やがて行く手に、大さそり(さそり座)が現れた。巨大なはさみを揺らし、長い毒の尾を振り立てて襲いかかって来た。フェートンは恐怖のあまり、手綱を取り落とした。馬たちは火焔を吐きながら出鱈目に天地の間を駆け巡り、おかげで世界は猛火に包まれた。
 天上のゼウスは見かねて、雷撃でフェートンの車を打った。車は粉微塵に砕け、フェートンはまっさかさまにエリダヌス川へ落ちて死んだ。それを知った姉妹たちは悲しみのあまり樹木と化した。

 フェートンの死は自業自得だろう。ただ、ゼウスが、未熟な息子に大事な日輪の車を貸し出したアポローンの監督責任まで問うたのかどうかは分からない。

(完)