関西スクエアからのお知らせ

会員の寄稿

『名医の妙案』
上方文化評論家  福井栄一様

 芭蕉の句に「秋深き 隣はなにを する人ぞ」がある(「秋深し」は俗伝であり、「秋深き」が正しい)。「深まりゆく秋のある日、部屋で臥せっていて、ふと気になったことがある。ひっそりと静まり返った隣家の住人はどんな生業で世渡りしているのだろうか」という想いを詠んだものだ。
 隣家から物音がしないことに気づいた折、芭蕉のように隣人の生業を気にかけるだけなら勿論問題はないのだが、「しめしめ、留守だな。ならばその隙に・・・」と考える輩も世の中には居る。そうした盗癖の持ち主にまつわる逸話を紹介しよう。

[131.jpg むかし、堺に半井(なからい)宗珠という医者がいた。病の見立てもさることながら、調剤の腕の冴えは天下一品で、彼が処方した薬を服用すれば、どんな病気もたちまち快癒するとの評判であった。
 そんなある日。宗珠の元へ一人の老婆が訪ねて来た。可愛い一人息子の病気を治してやってくれと涙ながらに訴える。ここへ一緒に連れて来ようとしたが、本人は「俺は病気ではない」と言い張って動かないので、やむなく自分だけが来たのだという。
 宗珠がわけを訊くと、老婆曰く、
 「ウチの息子は、よその家に誰もいないと分かると、ついその家へ入って、そこにある物を持ち帰ってしまう癖があるんです。でも、変な言い方ですが、泥棒じゃないんです。ウチはそこそこ裕福で、お金ならぎょうさんあります。貧しいゆえの盗みではないんです。息子のあの癖はきっと病気です。半井先生のお力で、息子を治してやってもらえませんでしょうか」。
 これを聴いていた門人たちは、
「婆さん、つまらん言い訳をするもんじゃないよ。屁理屈もはなはだしい。お前さんの息子は、まちがいなく泥棒だよ。俺たちが捕まえて、奉行所へつき出してやろうか」
と息巻いたが、意外にも宗珠はそれを押しとどめ、
「事情は分かった。わしが息子さんによく効く薬を作ってやろう」
と言うが早いか、数種の薬草や粉末を混ぜ合わせ、赤い小紙に五、六服も包んだ。そして、
「いいかね。『盗み癖が出そうになったら一服飲め』と言って、この薬を息子さんへ渡しなさい」
と言って、老婆へ授けてやった。
 数日後、例の老婆が息子は快癒したと大喜びで知らせに来た。
 門人たちは今更ながら師匠の名医ぶりに賛嘆して、老婆が帰った後、あの時の薬の処方を教えてくれと師匠にねだった。
 すると宗珠が言うには、
「あれは、飲むとくしゃみや咳が出る薬だよ。くしゃみや咳が止まらぬ身では、空き巣をしたくとも出来なかろうて」。

(完)