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会員の寄稿

『千代の火の玉』
上方文化評論家  福井栄一様

 自分を裏切った安珍を恨むあまり大蛇と化した清姫の物語は、 文楽や歌舞伎などに仕立てられて夙に有名だが、この紀州の清姫を彷彿とさせる烈女の怪異譚が泉州にも有るので、ご紹介しよう火の玉.jpg

 昔、泉州・兎田(うさいだ)という村に千代という娘がいた。
 地味な娘であったが、ある年、友人に連れられて盆踊りに出掛けた夜、岡本村(泉佐野市)からやって来た男に見初められた。
 それ以降、男は夜な夜な千代の元へ忍んできた。
 が、案の定と言うべきか、しばらくすると男は千代に飽き、足が遠のき始めた。
 本気で男に惚れていた千代には、それが耐え難かった。
 そこで、千代はある日、思い切って岡本村を訪ねてみた。
 探し回ってやっと見つけた男の家は、大層なお屋敷だった。
 裏庭に居た下男に頼み込んで呼び出してもらうと、中から出て来た男は千代を急いで物蔭へ連れ込み、「急に訪ねて来られても困る。お前との仲を両親に認めてもらうには時間がかかる。あと少しだけ兎田で待って居てくれ。近いうちに迎えに行くから」と頭を下げた。千代はこれを聞いて安堵し、おとなしく自分の村へ帰った。
 その後、千代は待った。しかし、数か月経っても男は来ない。
怒り心頭の千代は、ある夜、再び岡本村へ向かった。
 途中には樫井川が流れていたが、暗くて橋がどこかも分からない。千代は腰まで水に浸かって川を渡った。髪は乱れ、着物はあちこちが裂け、全身傷だらけになって泳ぎ進む姿には、鬼気迫るものがあった。
 こうしてようやく男の屋敷へ辿り着くと、折しも男の祝言の真っ最中だった。白無垢の花嫁が幸せそうに男と居並んでいた。
 激昂した千代は裏へ廻り、納屋に山と積まれた藁へ火を放った。火はあっという間に母屋へも燃え広がり、屋敷は地獄絵図と化した。憎い男は焼け死んだ。
 騒ぎが収まると千代は捕縛され、火あぶりの刑に処せられて、短い生涯を閉じた。
 それからというもの、樫井川には火の玉が現れるようになった。千代の怨念が火の玉となって飛び回っているのだと村人たちは怖れた。特に、恋仲の男女がこれを目にすると、必ずほどなく別れてしまうと噂されたので、運悪く火の玉に遭遇した恋人たちは慌てて目を閉じ、一心に念仏を唱えてやり過ごした。
 また、ある時、命知らずの庄屋が、火の玉に刀で斬りつけたことがあった。火の玉は、斬られた当座は二つに分かれたが、すぐにひとつに戻った。しばらくすると、庄屋は原因不明の病で死んでしまった。

 げにげに、女の一念、恐ろしや。

(完)