関西スクエアからのお知らせ

会員の寄稿

『ものの言い方は難しい』
上方文化評論家  福井栄一様

076.jpg 「ものは言いよう」とは正に至言で、同じ事柄も言いかたひとつで、うまく運んだり、こじれたりする。ただ、仮に言いかたが同じでも、それを口にする人の性根によって、相手へ伝わる意味も変わってくるから、世の中ややこしい。
 天保九(一八三八)年一月刊行の『続々鳩翁道話(ぞくぞくきゅうおうどうわ)』には、そこらの事情をとらまえた逸話が載る。

 ある夫婦のお屋敷に奉公する娘が、誤って奥方秘蔵の鉢をひとつ割ってしまいました。
 これを知った奥方は、
 「お前はどこまでドジなんだい。その鉢はお前の給金を二、三年分つぎこんだって到底買えやしないくらい、値の張る品なんだよ。お前、少し前にウチの大事な茶碗を割ったばかりじゃないか。なのに今度は鉢まで...。この調子で物を割られたり壊されたりしちゃぁ、このウチの身代は長くはもちますまいよ。いい加減にしたらどうだい!」
と大声で叱りつけました。
 旦那さんがこれを聞き、呆れて奥方に言いました。
 「これこれ大きな声を出すんじゃない。ご近所様へ聞こえたら、ウチの恥だ。大体、お前は物事を大袈裟に言い過ぎなんだ。何であれ、優しく、穏やかにとりなして話すのが、女の心得というものだぞ」
 「そうだ、よい機会だから、この間、江戸からの帰りに泊まった宿屋での話をしてやろう」
 「その日、ワシは朝早く出立しようと急いで草鞋を履いていた。その時、ふと目にした富士山の姿があんまり立派だったから、宿屋の下女に『富士山というのはやはり大きなものだねえ』と言った。すると下女は『イエイエ、お客様。あの様に大きくは見えましても、なにせ半分は雪でございますから』と答えたぞ。女子(おなご)たるもの、万事あのように柔らかな物言いをするのが理想だ。お前も少しは見習った方がよいぞ」
 言われた奥方が「それくらい、私にだって言えますよ」とむくれているところへ、ご近所さんが訪ねて来て「旦那さん、江戸から無事に戻られたそうで何よりです。おお、拝見したところ益々お元気そうで、旅に出られる前よりも少し肥えられたくらいですよ」と挨拶をした。すると奥方が言うには、
「イエイエ、ウチの主人は、肥えているように見えましても、どうせ半分は垢でございますから」。

 ご近所さんも、間が悪い時に来たものだ。

(完)