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会員の寄稿

『生き返った僧のはなし』
上方文化評論家  福井栄一様

 世間に長寿を願う人は多いのですが、「一度死んでからまた甦りたいか」と訊かれたら、あなたはどう答えますか。
 建長六(一二五四)年成立の説話集『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』には、死と再生の両方を幾度も経験した高僧のはなしが載っています。

 摂津国には清澄寺(現在の宝塚市に所在)という山寺があります。
 ここに、尊恵(そんえ)という老僧が住んでいました。
 元々は比叡山の学徒でしたが、周囲の僧たちの喧騒に嫌気がさし、静穏なこの地へ移り住みました。
 さて、ある日、尊恵が法華経を読み夢うつつの境地に至ると、白い狩衣に立(たて)烏帽子という姿の使者が一通の手紙を持って現れました。
生き返る.jpg 尊恵が「どこからいらっしゃったのですか」と問いますと、使者は「閻魔大王の使いの者です。これをご覧ください」と言って手紙を差し出しました。
 尊恵が見ますと、「きたる十八日に、閻魔庁に於いて十万人による十万部の法華経転読法会を行う故、貴僧も参集されたし」と書かれていました。
 そこで応諾の返書を使者へ渡した途端、はっと目が覚めました。
 他の僧にこの夢告について話したところ、「昔、同じような出来事を耳にしたことがあります。お心の準備をなさりませ」と諭されたので、尊恵は、以前にもまして勤行に努めました。
 やがて、さる月十八日の夕刻、尊恵は体の変調を訴え、間もなく亡くなりました。
 ところが、翌朝、尊恵は息を吹き返してむっくり起き上がると、見聞してきた冥途の様子をこう語ったのでした。
 「私は、招聘された十万人の僧の一人として、閻魔庁で法華経を誦して参りました。法会の後、閻魔大王は私におっしゃいました。『摂津国には、極楽往生の適地が五ヶ所ある。清澄寺もその一つである。汝はすみやかに寺へ戻り、引き続き仏道修行に励むがよい』と」
 これを聞いた人々は、感涙にむせんだといいます。
 実は、尊恵はこの数年後にも、法華経転読のために再び閻魔庁へ招かれ、甦ったのでした。そして、またその数年後に逝去し、今度は現世へは戻らずに、無事に極楽往生を遂げたのでした。

 娑婆と閻魔庁の往復回数という点では、尊恵はかの小野篁(たかむら)に継ぐ記録保持者かも知れません。ただ、羨ましいか、あやかりたいかどうかは、意見の分かれるところでしょう。

(完)