関西スクエアからのお知らせ

会員の寄稿

『毘沙門天のこと』
上方文化評論家  福井栄一様

 年の瀬。図らずも手元不如意でお困りの御方は、七福神の一員である毘沙門天におすがりすると良いかも知れない。なにせ毘沙門天の神使は、「おあし」の多い百足(むかで)なのだから。[[r.jpg

 今回は、一六七七年刊行の仮名草子『御伽物語』に載る、毘沙門天の奇譚を紹介しよう。
 摂津国本山寺(大阪府高槻市)は毘沙門天の霊地である。鞍馬寺・朝護孫子寺(ちょうごそんしじ)と並び、日本三毘沙門天のひとつとして名高い。

 さて、ある夜のこと。
 二人の狩人が、この山裾の川久保(高槻市川久保)へ狸狩りにやって来た。ひとりは弓矢を持ち、もうひとりは樫の棒を携え、よく馴れた猟犬も引き連れていた。
 二人は、宵の口から狩りを始めたが、その夜に限って、どういうわけか獲物に全く恵まれなかった。
 だが、このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。そこで、普段は毘沙門天のご威光を恐れて足を踏み入れない本山寺の方へ向かってみた。
 ところが・・・。
 山道は坂が険阻で、道がちっともはかどらない。おまけに、少し進んだあたりで、猟犬が何かに怯えて身震いすると、狩人の股下へ潜り込んで、一切動こうとしない。
 二人は、
 「向こうから鹿か猪でもやって来るのか。しかし、それなら、こんなに怯えることなどあるまいに」
 と訝しがりつつ、矢をつがえて進んでみた。
 すると、目の前の坂の真ん中で、大入道が居眠りをしているではないか。身の丈は八、九尺もあり、黒い頭に白い鉢巻を締めていた。左手の傍には、一丈余の長さの棒が置いてあった。
 大入道と二人の距離は、十間(けん)くらいだった。二人は恐ろしさのあまり、言葉を失った。こうなれば、逃げるほかない。
 そこで、寝入っている大入道に気づかれないように、しばらく静かに後ずさりして、ある程度離れると、自分たちの里まで続く坂道を、転がるように逃げ帰った。
 こうして、命からがら家へ逃げ帰った二人は、顔を見合わせて、「お前もはっきり見たろう。おそろしや、おそろしや」
 と震えあがった。
 それ以来、二人は夜の狩りをやめてしまったという。

 無論、くだんの大入道は、殺生を諫めるため、毘沙門天が遣わしたのだろう。ただ、狩人への教育的指導は充分奏効したとはいえ、個人的には、大入道ではなく大百足に現れて欲しかった。

(完)