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会員の寄稿

『亀の報恩』
上方文化評論家  福井栄一様

 昔から「鶴は千年、亀は万年」という。長寿の象徴として古くから尊ばれてきた亀だが、なにも長生きだけが能ではない。受けた恩は必ず返す律義者なのである。誰しも思い出す亀の報恩譚は「浦島太郎」であろう。では、それ以外に挙げるとしたらどうか。高名なのは『今昔物語集』巻十九に載る総持寺(大阪府茨木市)の逸話だ。

 今は昔、醍醐天皇の御代に、中納言藤原山陰(やまかげ)という男がいた。妻を早くに亡くし、その忘れ形見の童子を慈しんで育てていたが、やがて後妻を迎えた。山陰は、当初、息子が継母と仲良く暮らしていけるか不安だったが、蓋を開けてみると、息子を実の子供のように可愛がってくれるので、大いに安堵した。

 さて、ある年、山陰は大宰帥(だざいのそち)に任じられ、妻子共々、船で九州へ下った。途中、船が鐘の御崎(かねのみさき)(福岡県玄海町)にさしかかると、継母は本性をあらわし、人知れず童子を船から海へ突き落した。そして、船が相当進んだ頃を見計らって、童子が落水したと大声で騒ぎ立てた。驚いた山陰は家来たちに夜を徹して捜させたが、童子は見つからなかった。

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 翌朝、艀(はしけ)に乗って捜索中の家来が、はるか沖合に白っぽい奇妙なものが浮き沈みするのを見つけた。「鴎(かもめ)か?」と訝しながら漕ぎ寄せてみると、なんと探し求めていた童子だった。大亀の甲羅の上にしゃがみ込んで、無邪気に海面を叩いて遊んでいたのである。家来が童子を抱きかかえると、大亀は海中深く泳ぎ去った。

 その夜、山陰の夢枕に例の大亀が現れて、こう物語った。
「私は、昨年、住吉神社のそばで釣り上げられていたところを
あなた様に助けて頂いた亀にございます。命の恩人のあなた様が遠く九州まで下られると伺い、お見送りかたがた船に付き随っていたのですが、あろうことか奥方様がご子息を海へ
投げ込んでしまわれたので、慌ててご子息を甲羅の上にお乗せして、お救い申し上げたのです。」

 亀の話で初めて後妻の本性を知った山陰は、九州在任中、童子から後妻を遠ざけ、今まで以上に大切に養育した。

 やがて任期が終わり、一家が都へ戻るや、童子は父の勧めもあって出家し、如無(にょむ)と名乗った。そして、山陰が亡くなった後は、実子に恵まれなかった継母の面倒をみてやった。なお、山陰が建立した寺こそ、現在の総持寺である。

 ちなみに、日本近海には、アカウミガメ、アオウミガメ、タイマイ、オサガメなどのウミガメが棲息する。童子を救った亀がどの種類か、想像をめぐらせるのは愉しい。

(完)