関西スクエアからのお知らせ

会員の寄稿

『文月に想う』
上方文化評論家  福井栄一様

 陰暦七月は文月(ふづき・ふみづき)ともいう。文月の語源には諸説ある。

  • 1.「文」(書物)をひろげて虫干しをする「文披月(ふみひらきづき)」の転訛。
  • 2.七夕の夜、短冊に詩歌を書いて供える意。
  • 3.稲穂がふくらむ「含月(ふくみづき)」の意。
  • 4.稲穂のふくらみを目にする「穂見月(ほみづき)」の意。
  •  後二者は、稲作重視の民衆の心性を踏まえている。これに対し、前二者は、文月の「文」を書物・文書と解した説である。

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     確かに一見すると、こちらの方が説明としてもっともらしいが、全面的に賛同することには若干のためらいがある。

     というのも、中世以前、「ふみ」は専ら「手紙」の意で用いられていたと考えられるからだ。

     無論、悉皆調査は難しいので傍証を挙げておくと、『後撰和歌集』から『新古今和歌集』までの勅撰和歌集の中で、ただ一首の例外を除いて、「ふみ」の語は常に(書物ではなく)手紙を指している。

    そして、手紙としての「ふみ」は「踏み」に通音するから、掛け言葉として詠み込まれることも通例だった。『金葉和歌集』所収の
    小式部内侍(こしきぶのないし)の詠歌は名高い。

      大江山 いく野の道の 遠ければ
       まだふみもみず 天の橋立
    (大江山を越えて、生野へたどっていく道が遠いので、
     天橋立の地を踏んだことはないし、母からの手紙も見ていない。)

     こうした文芸的背景があるにもかかわらず、月名「文月」の「文」を(手紙ではなく)わざわざ書物と解するのは、どうも引っ掛かる。

    ちなみに、上記の例外の一首とは、『新古今和歌集』に収められた後白河院の次の詠歌である。

      

      浜千鳥 ふみおく跡の つもりなば
      かひある浦に あはざらめやは
    (浜千鳥が足跡を踏み続けて弛まず歩むなら、きっと貝のある浦にめぐり逢うことだろう。それと同じように、絶えず詠歌を続けていけば、歌壇で面目を施す日も来るだろう。)

    ここでいう「ふみ」は、手紙でも書物でもなく「和歌の筆跡」の意である。

    そういえば、7月23日は「ふみの日」である。この「ふみ」も手紙を指す。

    電話やメールも結構だが、たまには相手への想いを、紙に自筆でしたためてみては如何か。手紙を書く楽しさ、手紙を受け取る嬉しさは、あなたの人生をちょっぴり豊かにしてくれる筈だ。

           
    (完)