第1回中之島プレミアムトーク 河西秀哉氏講演(抄録)

会員の寄稿

『野猪の怪談』
上方文化評論家 福井栄一様

夏といえば怪談。

 今年の干支「亥」にちなんで、妖しい野猪が登場する『今昔物語集』巻第二十七第三十五をご紹介しよう。

 今は昔、某郡に、勇敢で思慮深い兄弟が住んでいた。

 親が息を引き取ったので、遺骸を棺に納め、離れの一間(ひとま)に安置した。葬儀は数日後の予定である。

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 さて、しばらくすると、ある人から、「真夜中、お宅の離れに怪しい光がちらついているのを見かけました。あれはいったい何事ですか。ご用心なされませ」と告げられた。

 兄弟は驚き、「まさかとは思うが、遺骸が妖鬼へ変じて光を放ったのか。あるいは、遺骸を狙ってやって来た魔物の仕業か。いずれにせよ、なにがなんでも正体を暴いてやるぞ」と覚悟を決めて、計略を練った。

 そうこうするうち、夜になった。

 弟は、棺へそっと近づき蓋を裏返すと、己は頭髪をざんばらにして裸になり、蓋の上へ仰向けに寝そべった。刀は身にぴたりと引きつけて、隠し持った。

 夜半過ぎ。薄目を開けて見れば、天井で怪しい光が二度ほど明滅した。そして、天井板がこじ開けられ、大きな何物かが降りて来る気配がした。やがて、その謎の物は、どさりと鈍い音を立てて床へ降り立ち、棺へ近づいて来た。その間じゅう、総身は青く光っていた。

 その物が棺の横に立ち、いよいよ蓋を脇へ取り除けようした刹那、待ち構えていた弟は、そいつの胴体と思しき処へしがみつき、「よし、捕まえたぞ」と大声で叫んだ。身を潜めている兄に知らせるためである。と同時に、例の刀で、そいつの横腹あたりをずぶりと深く刺し貫いた。途端に、青い光はぱっと消えた。

 弟の合図を聞いて、兄も灯火を携えて、助太刀に飛んで来た。

 照らしてよく見れば、弟が抱きついていたのは、毛の禿げた大きな野猪だった。横腹を刺されて、すでに息絶えていた。

 皆はこれを聞き、弟の豪胆さを誉めそやしたという。

 ちなみに、本話の「野猪」をイノシシではなく、タヌキの古称と解する説もある。天井板を器用にこじ開けて部屋へ降りて来るという件(くだり)をみれば頷けなくもない。

 しかし、此処ではそれを殊更に強弁しないでおく。イノシシ妖怪の耳に入って、今宵あたり「よくも俺様をないがしろにしてくれたな」と詰め寄られても困るから。

   
(完)