ナビゲーターで狂言師の茂山童司さん(右)と、第8回のゲストで浪曲師の真山隼人さん

新編 上方風流

第8回 狂言師 茂山童司(34)×浪曲師 真山隼人(22)(2017年11月6日掲載)

 上方の伝統芸能を担う20~30代の演じ手がジャンルを超えて集い、半世紀前に伝説の同人誌「上方風流」を編んだ。その一人、狂言師茂山千之丞の孫、茂山童司が案内する対談企画「新編 上方風流」。第8回は同人には参加していなかった浪曲に新たに焦点を当て、若手浪曲師の真山隼人を招いて語り合った。

茂山童司(童) この対談企画に登場された方のなかで最年少ですが、「上方風流」ってご存じですか?

真山隼人(隼) 1冊持ってたんです。

 おお、それは。

 浪曲界に入る前から演芸が好きやったんで色々調べてて。東京・神田の古本屋で1冊5千円で出てたので、おっ、「上方風流」じゃないか!と。中学生か高校生のころですから、なけなしの小遣いで1冊買って。

 いるんだなあ、そういう人が(笑)

 前回の木ノ下歌舞伎の木ノ下裕一さんとの対談を読んでも、小学校3年で古典芸能に興味を持たれたと。なんか、同じような方なんやなって。

 浪曲界に入ったきっかけは?

 ラジオですね。落語や浪曲をたまたま聴いて、演芸って面白いなと。

 自分で発掘して。

 発掘というか、テレビをあんまり見る家庭じゃなかったので、ラジオでもと聴き始めたのがきっかけですね。

 三重県鈴鹿市のご出身ですが、生で浪曲を聴く機会はあったんですか?

 名古屋で年1回、浪曲大会があったんです。朝から晩まで浪曲をする祭典だったんですけど、平日だったので「学校休ませてくれ」「あかん」と、親とケンカしながらこっそり見に行きましたね。

 弟子入りされたのが15歳。ということは高校に入られた年ですよね?

 はい。中学を卒業するときに男は15歳で何かせなあかんっていう、しょうもない気持ちになっちゃいまして。卒業式の日に師匠に手紙を送ったんです。高校卒業までは三重から大阪の師匠宅に通いました。最初は、オーケストラの音源に合わせて浪曲をやってたんです。いまは三味線伴奏に変えています。

 浪曲はほかの大衆芸能や古典芸能に比べると遍歴が劇的ですよね。明治か大正にはレコードが何十万枚も売れて、すっごい流行ってたんですよね。

 はい。ほかの芸能はわりと地道に、それでも不動の地位を築き上げてきてるんやと思うんですけど、浪曲って何か成り金みたいなものなんで(笑)。ドーンと売れたら、何でも利用してやるんだっていう集団なんですよね。

 伝統芸能よりも、いまで言う芸能界みたいな感じやったんでしょうね。


 そうですね。もともとは義太夫や祭文を採り入れて、面白おかしくというか、新しい義太夫みたいな形でやってたと思うんです。

 初めてやった人ってわかってるんですか?

 大阪の浪花伊助さんが始めたので「浪花節」。その後、桃中軒雲右衛門という人がテーブルのセットを組んでやり始めて、いまの形になったのが明治の中頃からですね。

 ああ、なるほど。でも珍しいですよね。高いテーブルの前で立ってやるっていうのは、ほかに類を見ないじゃないですか。落語や講談みたいに座ってやるのに比べて、立ってていいことはあるんですか?

 声は出しやすいのかなと思いますよね。こうガーッといける、吐き出せるという。義太夫とかでもちょっと浮かして。

 そうですね。浮かしてやってますもんね。

 浪曲師は1人1ジャンルで、師匠のまねをしちゃ駄目なんです。ある程度のところからは師匠の型を離れて、違う世界で活躍をしなければならない。

 へー。そのなかで、隼人さんはどういう芸をしたいんですか?

 僕は、昔ながらのしっかりした古典らしい浪曲をやりたいんですけど、昔のを昔のままやってたら受けない。それで、現代の感覚も採り入れてます。でも、昭和の初期の、これいまやったら通用せんやろって感覚のものもあって。

 うーん。

 旦那の出世が見られたから死にます、とか。旦那が外国で子どもをつくって奥さんもいたけれども、それでも私は日本の妻です、とか。古典やったらいいんですけど、わりと新しい時代の話にするんで逆に古く感じちゃう。

 松竹新喜劇の藤山扇治郎さんも同じことおっしゃってました。歌舞伎や能ならどんなに理不尽でも、まあ、室町時代の話やからね、で済むのが、やっぱり時代が近いと反発が大きいって言ってはりましたね。

 それはありますね。明治から昭和の中頃までっていうのが、古くなっちゃうんですよ。「召集令」という、召集が来て戦争に行くけど家族が・・・という話を忠臣蔵に置き換えて、討ち入りに行くけど家族が・・・と書き直したんです。そしたら、「召集令」を見て「こんな話、いまどきやるもんじゃない!」って怒った人が「これはいい話だな」って言うので、ああ、時代も考えなあかんのかなと思いましたね。

 悲劇もやっぱりそうなんですねえ。

 狂言もありますか? これはちょっと古いからできん、というのは。

 狂言の場合、浪曲ができた明治以降に新しくつくられた、というのは少ないんですよ。江戸時代になって長く大名に雇われた〝公務員〟だったので、新しいものをつくりだそうという考えがなかった。やってもやらなくても給料変わらないやんって(笑)。うちの家でも、明治以降の作品はいまだに新作扱いです。

 すごいですね。

 二極化するのが、たとえばフランスの喜劇を狂言にした「濯ぎ川」は、知らなければほぼ100%古典だと思う作品ですが、昭和の前半につくられました。いまは正式なレパートリーに入っていて、我が家では年間で最も上演回数の多い曲の一つです。それぐらいポピュラーになっている。

 はい。

 逆に、その時々のトピックに合わせてつくったものは、そのときは受けて、何とか上演するんですけども、まあ、そこで終わりですね。そこで消えちゃう。微妙に古い性質を持っているのは淘汰されて、時代性を感じさせないものが残るようになっていきます。

 やっぱりありますよね。

 いまの浪曲界はどうご覧になってます?

 風前の灯火ですね、本当に。人数がいてないので。

 いま何人ぐらいいらっしゃるんですか?

 大阪は二十数人ですね。で、三味線を弾く曲師は4、5人しかいてないんです。

 曲師さんは、もう完全に専門のジャンルなわけですか。ほかのお三味線の方では代用できない?

 そうですね。関東は浪曲教室や曲師教室からプロになった人もいてるんですけど、大阪ではそれもない。でも結局は4、5人で足りてる現状なので、浪曲師がもっと頑張らなあかんっていうことなんです。

 興味を持った方が隼人さんの経歴やキャリアをご覧になって、やってみようという気分になる可能性はあると思います。

 恥ずかしい話なんですけど、お酒が好きで、飲んでるときにいつも、弟子を取ったらこういう教育をするんだ、みたいな話をしてるんです。

 もうシミュレーションができてる!(笑)

 けど、こないだそれを第三者に聞かれてしまいまして、怒られたんです。

 いや、それは大事なことですよ。いつ来るかわからへんねやから。何かこう、免許皆伝みたいなのはあるんですか? いつから弟子取っていいぞ、みたいな。

 ないんですよ。

 じゃあたとえば、明日にでも「師匠、どうしても弟子にしてください」って来たとしたら。

 取ってもOKです。「おお、そうか。弟子になりたいのか。3年間は厳しいぞ!」みたいな。そういうシミュレーションをして日夜盛り上がってるんです(笑)

狂言師 茂山童司

狂言師 茂山童司(しげやま・どうじ)(34)
 1983年生まれ。祖父は茂山千之丞、父は茂山あきら。86年初舞台。自作の新作狂言を上演する「マリコウジ」と、自作コントの公演「ヒャクマンベン」を主宰。

木ノ下歌舞伎主宰 木ノ下裕一

浪曲師 真山隼人(まやま・はやと)(22)
 1995年生まれ。2010年5月、二代目真山一郎(当時は広若)に入門し、11年に初舞台。15年に真山誠太郎門下に移籍。古典のほか、自作の新作も手がける。

上方風流発行人 山田庄一さん 「人生最大の仕事になった」

 上方風流の創刊号が世に出たのは1963年。発行者の山田庄一は冒頭の「“いいだしべえ”の記」で、こうつづっている。
 「上方文化の衰退が叫ばれ、復興が望まれてすでに久しいものですが、もはや現状は、単に歌舞伎とか、文楽という個々のジャンルだけでは、どうにもならない段階まで来てしまった様です。(中略)生粋の上方育ちが集まって、いいたいこと、書きたいことを発表しているうちに、“明日の上方文化”の方向を見つけることができれば」  山田は1925年、大阪・船場に生まれた。家にはごひいきの歌舞伎役者が出入りするなど、幼い頃から上方の芸能に触れて育ち、交友関係も広かった。刊行当時は毎日新聞で記者をしていた。「学芸部で劇評を書きたかったがなかなかできず、千之丞や米朝に何かできないかと相談したのがきっかけ」と振り返る。
 3人で方々に声をかけてできた創刊号は40歳未満の24人が参加。各界で評判を呼び、2号以降も様々な人間が参加した。だが、山田が東京の国立劇場開場の創立メンバーに加わるため新聞社を辞めたことや、メンバーが忙しくなってきたことから8号を最後に「休刊」状態となった。
 「上方風流のメンバーからこんなにたくさん文化勲章受章者や人間国宝が出るとは思わなかった。人生最大の仕事になった」と喜ぶ。「今はみな忙しいから難しいかもしれないが、孫の世代にも受け継いでほしいね」

◆「上方風流」創刊号の顔ぶれ
【能楽】片山慶次郎、山本真義、大倉長十郎
【文楽】竹本住太夫、竹本源太夫、鶴澤寛治、吉田文雀、吉田簑助
【狂言】茂山千之丞
【演劇】坂田藤十郎、藤山寛美、石浜祐次郎、大村崑
【大衆芸能】桂米朝、夢路いとし、喜味こいし
【舞踊】吉村雄輝、山村糸、山村楽正、花柳有洸、飛鳥峯王
【評論】山田庄一、権藤芳一、嘉納吉郎