2017.9
No.193
2017.9
No.193
対談シリーズ「言葉ほぐし」/初回は女優麻生祐未さん
あなたも 私も 色んな役割
哲学者で前大阪大総長、鷲田清一・大谷大教授=スクエア企画運営委員=が、関西ゆかりの話題の女性と対談する朝日21関西スクエアの年間企画「言葉ほぐし」が始まりました。5月26日の初回は大阪市内であり、ゲストは女優麻生祐未さん。「演じ分ける」をテーマに、麻生さんの多面的な魅力を引き出しました。
自分が発信、輪は広がっていく
鷲田 NHKの朝の連続テレビ小説「カーネーション」では、主人公の糸子役の尾野真千子さんより総出演時間が長かったですね。
麻生 糸子の子ども時代からお母さんをやってましたから、たくさん出させていただきました。
鷲田 印象深いのは、社交ダンスを知らない糸子が初めてイブニングドレスを作る際に、お母ちゃんが神戸での娘時代を思い出して踊るシーン。「うわー、エレガント」って思いました。たわしで窓を拭くシーンも、面白かった。
麻生 たわしの場面は、窓を拭くと台本には書いてないのですが、言葉よりも、ちょっと変わった行動でキャラクターを出せればと思っていたので。偶然です。今回は着物姿で体の動きが限られてくるので、手の動きにも気をつけていました。手はいろんな表現ができますから。
鷲田 いろんな役を演じてこられたわけですが、そもそも演じ分けという感覚はありますか。
麻生 一人ひとりのキャラクターというか人生をきちんと作ってあげないと、その人がかわいそうなので、そこらへんは考えます。一日に3役、4役やることもあるから、分けておかないと。
鷲田 演技は小さいころから好きだったんですか。
麻生 子ども時代は、授業で教科書を読みなさいと言われたら、気づけば保健室で寝ていたとか、それほど緊張したり、吃音になったりするコミュニケーション下手でした。それじゃだめ、あれこれやってみようということで、今につながっているんだと思います。
鷲田 「カーネーション」が典型なんですけど、大事な脇役を演じることが増えていますよね。
麻生 若いときは、こうなりたいとか、自分が見た何かのイメージに近づきたいとやっていたんですけど、最近は自分にしかないものを出していきたいなとか、こうしたら見てくれる人に楽しんでもらえるかなとか、そう思いながらやっている気がします。
鷲田 地域社会では本職のリーダーはいないわけで、みんなが交代でいろんな役を演じないといけない。大事なのは、「カーネーション」のお母さんの千代さんのように全体を一歩引いて見ること。全体をケアする脇役のようなものに一人ひとりがなっていなきゃいけないんじゃないかと思います。
麻生 本当にそうですね。人とうまくかかわっていくには、自分が発信して助け合っていかないと。ドラマは監督が指示を出すわけですが、俳優の間でも、このシーンはこの人が引っ張っていくんだなとか、このタイミングで私は乗っていこうとか、暗黙の了解があります。それが瞬間で変わっていくのも俳優のおもしろさです。
一言って本当に大切
鷲田 日常生活では母ですね。
麻生 7歳の息子がいますが、演じるどころでは。母親は世の中で一番大変と思うくらいです。
鷲田 「カーネーション」のロケは大阪が中心だったんですね。
麻生 はい。東京の息子と長く離れるのが心配でしたが、「一人で宿題しようね」って言い聞かせて。でも、「どうしてそんなにお仕事するの?そんなに楽しいの?」と聞かれました。
鷲田 きついですね。
麻生 去年の夏に息子がスタジオに遊びに来たんです。15分の番組収録に、1週間かかるわけが分かったよと言ってくれました。
鷲田 いろんな役割をこなさないといけないでしょう?
麻生 毎日必死です。昨日も、転勤になる息子の先生のパーティーがあって、ピザを10枚抱えて走ってました。俳優をしていると、できることは限られるので、できる時にできることに手を挙げています。輪は広がっていきますね。
鷲田 20代の後半で、いったんお仕事をお休みされたんですね。
麻生 丸々1年間、米国に留学して、演劇と違う生活をしました。いろんな世界を見ておかないと、と思ったんです。
鷲田 専攻は何を?
麻生 サイエンス・アンド・テクノロジーでした。
鷲田 科学・技術ですか!
麻生 研究していたわけではないんです。知らないことを勉強しようと思ったんです。日本の大学では英文学科でしたし、その学科に好きな授業が多かったこともあります。日本から離れてみて、日本人はどう見られているかとか、個人とは何かということを学びました。より客観的に自分を見られるようになったと思います。
鷲田 演じてみたい職業は?
麻生 なぜか学校の先生は声がかかったことがないんです。人に教えるのが苦手なので、それがにじみ出ているのかも。子どものころ、毎日絵ばかり描いてました。いろんな色を使いたいあまりに色が混ざって、暗い絵になった。でも、それでいい、自由に描いたらもっと面白くなるよって褒めて下さった先生がいて、うれしかった。一言って本当に大事だと思います。
鷲田 学校の先生なら、僕が演技指導したいです。
麻生 ぜひ。修業に行きます。
当日の対談内容はこちらをご覧下さい。 http://kansaisquare.web.fc2.com/kotobahogushi/20120526.pdf人生の軸、増やせば強い 鷲田さんの「対談を終えて」
「カーネーション」が放映された時期は、震災からの復興過程と重なっていた。麻生さん演じる千代は、影のヒロイン、家族のメンバーそれぞれの慰め役だった。いつもそれぞれの背中越しに「しんどいなあ」「くやしいなあ」と声をかけながら、背中を愛おしく撫でる。説明や弁明に終始する政治家や原子工学者、電気事業者などにもし、こうしたよりそいの言葉があれば、専門家への信頼がここまで損なわれることはなかったろうに、と思いながらドラマを観ていた。
麻生さんは、素の自分もそれまでとは別の次元に移し置くよう努めてこられた。米国留学もその一つ。人生で複数の軸をもつことは、苦しいけれど大切なことだ。一本くらい折れても倒れないでいられる。家族生活、職業生活以外のところで、次世代を見守る「おじさん・おばさん」役や、地域社会の「市民」の役へと自分の「務め」を広げていくことが、翻って自分自身をさらに強く、しなやかにするはずだ。(寄稿)
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