中之島プレミアムトーク告知

会員の寄稿

『皐月の芳香』
上方文化評論家 福井栄一様

 当方は上方文化評論家なので、講演で上方の地歌の素晴らしさを説くことが多い。「地歌って?」と思われる御方のために解説しておくと、上方という土地で生まれ愛されてきた歌を「地歌」という。俗な譬えで恐縮だが、その土地で製された独特の味わいの酒やビールを「地酒」「地ビール」と呼ぶのと、同じ原理である。

 地歌は、近世上方で成立した三味線歌曲で、一人の音楽家による弾き歌いが原則。但し、曲によっては筝、胡弓、尺八などを伴う。花鳥風月の自然美、色恋の機微、花街の情緒、市井の生活風俗など、上方町衆の人生の諸相すべてが地歌の題材になったと言っても過言ではなく、膨大な数の曲が生み出されては消えていった。

fukui5.jpg

 無論、名曲、人気曲は、歴史の淘汰を乗り越えて、今日まで伝承されている。『袖香炉(そでごうろ)』もその一例だ。

 『袖香炉』の作詞者は錺屋治郎兵衛(かざりやじろべえ)、作曲者は峰崎勾当(みねざきこうとう)である。峰崎勾当は、天明から享和年間頃、大坂で活躍した地歌演奏家・作曲家で、『袖香炉』以外にも『残月』『雪』『小簾(こす)の戸』など、不朽の名品を数多く世に送り出した天才であった。彼の師・豊賀(とよが)検校が天明五(一七八五)年に亡くなったので、その追善曲として『袖香炉』は手向けられた。詞章を挙げておく。

  春の夜の 闇はあやなし それかとよ 

  香やはかくるる 梅の花 散れど薫りは なほ残る

  袂(たもと)に伽羅(きゃら)の 煙り草

  きつく惜しめど その甲斐も なき魂衣(たまごろも) 

  ほんにまあ、柳は緑、紅(くれない)の 花を見捨てて 

  帰る雁

 梅花の薫りは花が散ってもなお残る。それと同じように、豊賀師が世を去っても、その遺徳は消えないというのが大意である。芳香が、故人を回想するよすがになっている。

 無論、過去を呼び覚ますのは梅花ばかりではない。芳香が思い出させてくれるのは、故人ばかりではない。皐月ともなれば、別の花の薫香が、愛おしい者との甘美な記憶を蘇らせてくれる。『古今和歌集』にも、こうあるではないか。

  さつき待つ 花たちばなの 香をかげば

  むかしの人の 袖の香ぞする(詠み人知らず)

 歌意は「五月を待って咲く花橘(はなたちばな)の香を嗅(か)ぐと、かつて親しんでいたあの人が、袖に焚きこめていたのと同じ香りがして懐かしい。」

 皐月を爽やかな時季とばかり捉えるのは、現代人の誤解だ。

 古典世界の皐月には、哀惜や追慕の情が香気となって立ち込めている。   

(完)