関西スクエア会員で直木賞作家 門井慶喜氏講演 9月20日@ヒルトン大阪=写真は関西プレスクラブ提供

会員の寄稿

『冬至と柚子』 
上方文化評論家 福井栄一様

 「冬至に柚子湯」というのは、江戸時代に銭湯の連中が客寄せのため始めた風習らしい。「冬至→湯治」「柚子湯→融通」の通音に事寄せたというのだから、ふるっている。柚子の実は見た目に美しく、芳香も楽しめるし、お肌は潤い、風邪もひきにくくなると良いことづくめだから、柚子湯の習慣は瞬く間に普及した。土用の鰻やバレンタインデーのチョコレートに勝るとも劣らない会心の一撃。まこと、いつの世も商魂の為す処はすさまじい。

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 柚子は、中国揚子江上流を原産とするミカン属ミカン科の常緑小高木。高さは4メートルほどになる。日本への伝来時期は、飛鳥時代か奈良時代か、よく分からない。初夏には、五弁の白い小花が咲く。実は直径が4~8センチほど。香りの良さは折り紙付きだが、酸味がきついから、そのまま食されることは殆ど無く、もっぱら果汁や果皮が利用される。

 ちなみに、柚子湯は冬の季語だが、柚子の実は秋の季語、花は夏の季語であるから、作句の際にはややこしい。 ところで、日本への伝来時期と並んではっきりしないのが、柚子の語源だ。「柚」の中国音「ユウ・ユ」に「酢(ス)」(=酸っぱい)が合わさって「ゆず」となったか。

 さて、「柚」という漢字だが、「由」にはもともと「口の開いた丸い壺」という意味があるから、実の形をそうした壺に見立てた用字だろう。「子」は接尾辞と思われる。明代の李時珍(一五一八~一五九三年)著『本草綱目』にも「形は由の如し、故に柚と名付く」とある。

 柚子の樹は、病気には強いが、成長は遅い。地域によっては、「桃栗三年、柿八年、柚子の大馬鹿十八年」などと蔑まれる。生真面目に種を蒔いて育てると(実生栽培)、お目当ての実を収穫するのに十余年もかかる。

 そこで、多くの農家は接ぎ木による栽培で以て収穫時期を早めているのだが、その趨勢に抗して実生栽培にこだわる産地のひとつが、大阪府箕面市止々呂美地区である。山間部特有の大きな寒暖差により、止々呂美の柚子はひときわ香り高く育つ。百年以上の歴史を持つ特産品である。

 なお、最近、箕面の柚子作りの歩みに大きな変化が現れたので、記しておこう。それは、柚子をモチーフにした箕面市の公式キャラクター「滝ノ道ゆずる」の誕生である。

  箕面の自然の魅力を内外にアピールするキャラクターは、デザインと名称の両方が公募された。デザインは二〇〇九年六月、名称は同年八月に公募され、前者は六二七点、後者は四五六点の中から選定された。頭部は箕面の特産品・柚子、身体は侍姿の人間、という造形。また名称は、箕面の滝道と柚子にちなんでいる。阪急箕面駅前の広場などに時折出没するので、お楽しみに!

      
(完)