関西スクエア会員で直木賞作家 門井慶喜氏講演 9月20日@ヒルトン大阪=写真は関西プレスクラブ提供

会員の寄稿

『虎のはなし』
上方文化評論家 福井栄一様

 ここで某プロ野球チームのことを論じて一戦構えるつもりは、毛頭ない。触れたいのは、神農祭の虎のことである。

 長い歴史を誇る浪花の地には、四季を通じて多彩な祭礼があるが、その掉尾を飾る「とめの祭」が、11月22日・23日に少彦名神社(大阪市中央区道修町)が催行する「神農祭」である。同社には、日本の薬祖神・少彦名命と中国の医薬神・神農が祀られている。

 神農祭の際、参拝者には、五葉笹に吊るされた張り子の虎が授与される(戦前はタダで配っていたらしいが、現在はご時勢を反映して有料)。

 それにしても、なぜ虎なのか。

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 はなしは文政五年(一八二二)まで遡る。

 この年、浪花ではコレラが大流行。罹患すると三日ほどであっけなくコロリと死んでしまうので「三日ころり」と呼ばれ、大いに恐れられた。なんでも、虎と狼に一時に襲われるように怖ろしいというので、「ころり」はしばしば「虎狼痢」と当て字された由。

 ともあれ、薬を扱う道修町の薬種仲間からすれば、世人の病苦を座視するに忍びなかった。

 そこで、虎の頭骨などを配合した「虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきうおうえん)」なる丸薬をこしらえ、人々へ施薬した。その折、五葉笹に張り子の虎を吊るした「神虎」を併せて授与した。その風習が今日まで続いているわけだ。

 退治すべき疫病の名称と苦心惨憺の末に拵えた妙薬の名前の双方に「虎」の字が含まれるから、それを張り子にしたところで、さほど不思議ではないと言えようか。それに、古代中国の神話では、悪鬼を喰ってくれる虎は人間にとって守護神的な存在だから、コレラ騒ぎの渦中にあって病魔退散のシンボルとして担ぎ出されたのだろう。

 ちなみに、神農祭期間中、授与所は神虎を求める人でかなり混雑する。そう聞いて「ひょっとして、品切れになっちゃうのでは?」と心配する人もあろうが、その点はご安心あれ。神虎は、神農祭から翌年の1月頃まで、授与所で入手できる。

 但し、以下に注意点をいくつか。

 第一に、他に用事があって神農祭へ足を運べないからといって、電話やネット等で神虎を予約注文したり取り置きしてもらったりは出来ない。

 第二に、バーゲンの先行販売ではないので、神農祭の数週間前に「もうそろそろ、今年授与する新しい神虎の準備が整っているはずだ。それをくれ」と申し出ても、無理な相談である。

 申すまでもなく、神虎は、キャンペーンの限定グッズではなく、参拝者への神聖な授与物である。

 虎に敬意を!

                     
(完)