関西スクエア賞に橘田恵さん

会員の寄稿

『開いた口がふさがらない』
 上方文化評論家 福井栄一 様

 夏の縁日。金魚すくいの店先ではたくさんの金魚たちが泳ぎ回っているが、その人生(魚生?)は、なかなかに厳しい。

 「水槽から出られないことをクヨクヨ悩んでも、仕方がない。心機一転、今日から前向きに生きよう」と思い直し、快活な気分でスイスイ泳ぎ廻ると、他の無気力な仲間と比べ、やたら目立つ。そうなると、客に真っ先に目をつけられ、いち早くすくい上げられてしまう。

 かといって、病気のフリをして、目立たぬように水槽の底でじっとしていると、確かに客の目には留まりにくいだろうが、今度は店の親仁(おやじ)に目をつけられる。そうなると、早晩、「病気の金魚に用は無い」とばかりに太い指でつまみ上げられ、店の裏の芝生へ捨てられてしまうのがオチだ。

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 突飛な連想だが、こうした金魚の境涯は、好色な暴君にひっさらわれ、遠い都へ連れて来られた娘の身の上に似ている。

 おめかしして美しさが際立ってしまうと、脂(あぶら)ぎったヒヒジジイは狂喜し、早速にその夜の伽(とぎ)を命じてくるだろう。 そうかといって、日々ろくに化粧もせず、地味で陰気な女を装ったらどうなるか。「不器量な女は願い下げだ。犬にでも喰われちまえ」と後宮を放り出されてしまうだろう。城の外は、後宮以上に悪者がウヨウヨ。田舎娘は骨までしゃぶられ、哀れな末路は必至だ。

 金魚も拉致された娘さんも、生き残りを懸けて闘っている。金魚すくいの料金は、彼らの苛酷な運命の見物料なのだ。

 ところで、平素はおとなしい金魚だが、時にやりきれなくなるのか、暴れることがある。そんな時、誤って鉢や水槽の壁に激突し、その衝撃で口の関節が外れ、挙句、口が閉じられなくなることがあるそうだ。こうなると、金魚お得意の「お口パクパク」は叶わず、口がだらしなく開いたままという、痛々しい姿となる。

 では、この一大事に、どう対処したらよいのか。ガイドブック類を繰ると、驚くべきことが書いてある。くだんの金魚を水槽から取り出し、下の顎をグイと前へ引っ張ってやれ、というのだ。なにやら整骨医にでもなった気分だが、素人がおっかなびっくりやったとしても、これで結構、治るのだという。

 但し、この荒療治の前に、注意事項がひとつある。それは、金魚の口中に異物が残っていないかを事前にチェックすること。砂や小石が入ったままで下顎を牽引してしまったら、さあ大変。当(とう)の金魚は、治癒するどころか、激痛に見舞われるだけ。周囲の仲間たちも、眼前の惨事に「開いた口がふさがらない」事態となる。ご用心、ご用心。

(完)