関西スクエア賞に橘田恵さん

会員の寄稿

『井戸と日本人』
 上方文化評論家 福井栄一 様

 蛇口をひねると衛生的に管理された水道水が迸り、コンビニには、ペットボトルに入った世界各地の天然水がずらりと並ぶ・・・。

 それがいかに恵まれた、しかし脆い社会情況であったかを、我々は一連の大規模災害を通じて、思い知らされた。そこで、にわかに注目を集めているのが、街の井戸である。水道システムが寸断された折には、井戸水が大勢の人々の命を繋ぎ、生活を支えてくれる。いわゆる防災井戸である。現在、多くの自治体が防災井戸(災害時協力井戸)を募集しており、大阪府下だけでも約一千五百の井戸が登録されている。

 さて、自邸の庭にあれば何かと心強い井戸だが、「一家に一台」の電化製品ばりに「一家に一井」とはいかない。掘るとなると、専門の職人の手を煩わせねばならず、その費用は決して安くはないのだ。それ故、自前の井戸を擁して涼しい顔ができるのは、歴史的にみて、権門勢家・富貴者・有力寺院などに限られていた。では、「マイ井戸」を持てぬ一般庶民はどうしたか。

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 仕方がないから、近隣の者たちが一つの井戸を共用した。毎日頻繁に使うので、井戸端でよく顔が合う。自然、親しくなって世間話に花が咲く。「井戸端会議」の誕生である。井戸端には老若男女が集い、様々な人間ドラマが生まれた。それらは、庶民派文芸たる落語や川柳にとって、恰好の材料だった。たとえば、こんな小噺がある。

 ある日、田舎から出てきた井戸掘り職人が、「相場の半値で引き受けますだぁ」と町を触れ歩いた。ある商家がさっそく頼んでみると、職人は横に長い穴をせっせと掘り始めた。主人が呆れて、「おいおい、そうじゃない。井戸を掘ってくれと頼んでるんだ」と言うと、職人曰く「なぁに、大丈夫でさぁ、旦那。こうやっといて、後からおっ立てますんで。」

 お次は、井戸端にちなんだ川柳を、一句。「里のない 女房は井戸で 怖がらせ」

 身寄りがなく、ダメ亭主を諌めようにも「実家へ帰らせて頂きます」という決め科白を吐けない女房殿。そこで奥の手とばかりに井戸端に立ち、「アタシの言うことが聞けないんなら、ここから身を投げて死んでやる!」と、ひと芝居うつ姿が、勇ましい。

 かくのごとく、江戸時代の井戸端は、庶民の哀歓に溢れていた。幼い男女が井筒と背比べをした『伊勢物語』の優美な逸話とは大違い。井戸端空間は、時代と共に大衆化していったと言えよう。平成の、そしてそれに続く新しい元号下の井戸端は、どのような相貌を見せてくれるのだろうか。

(完)