ナビゲーターで狂言師の茂山 童司さん(右)と第20回ゲストで文楽人形遣いの吉田 蓑太郎さん

新編 上方風流

第20回 狂言師 茂山 童司(35)×文楽人形遣い 吉田 蓑太郎(37)(2018年12月3日夕刊掲載)

狂言師の茂山童司(2018年12月に三世茂山千之丞を襲名)が上方芸能の担い手とジャンルを超えて語り合う「新編 上方風流(ぶり)」。20回目は人形浄瑠璃文楽の人形遣いで、「足10年、左10年」とも言われる長い修行に身を置く、吉田簑太郎(みのたろう)をゲストに迎えた。

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 簑太郎さんにおなりになったのが2年前ですか。

 そうですね。それまでは簑次(みのつぐ)。僕が入った時はまだおやじ(桐竹勘十郎)が簑太郎やったんです。で、勘十郎になって、そこから数年経って、師匠(吉田簑助〈みのすけ〉)に「どうや?」と言われて。大々的なことはせずコソッと。パンフレットの後ろの方に「名前変えます」って。

 いいですね。僕も今度襲名するんですけど、コソッとやりたかったです。文楽は小さい頃からご覧にはなっていた?

 子ども向けのものを見てました。難しいものになると寝てましたけど(笑)。楽屋を走り回ってたらしいんですけど、記憶にはないです。

 文楽って、お入りになるまでは基本的に全くやってないわけですよね。お稽古って、どうするんですか。

 稽古はそんなにしないんですよ。

 えっ?

 どうしても一人では出来ないですから。(人形を動かすときは)主遣(おもづか)いから合図が出るんですよ、「左動かせ」「足動かせ」と。それを読み取るんです。だから舞台が稽古みたいになっていて、公演で怒られたり指導されたりしながら、うまくなっていく。あとはビデオを見たりですね。

 入門して、最初に何を習うんですか。

 まず足の持ち方を習って、じっと座っているような役の足を持たせてもらって。長いもので40分くらい。そうすると自分の足もガクガク来るんですけど、それを耐えて。あとは小道具を出したり、幕を開け閉めしたりする介錯(かいしゃく)。介錯人は舞台の後ろにしゃがんでいるんで、足遣いの動きがよく見えるんですよ。それを見て勉強します。

 18年目というのは、中堅ぐらいですか。

 まだまだ若手です。人それぞれですが、足が15年前後で、僕はいま左になり始めて。

 それは「よし、今日から」というのがあるんですか。

 徐々にですね。最初は端役とか動かない役の足で出て、だんだん主役級の足になって。

 まず、足の中で役が上がっていくシステムなんですね。

 そうです。で、主役級の足も行きながら、簡単な役の左に行くようになって、だんだん左遣いに、というような。

 ということは、左もだんだん主役級になると同時に、簡単な役の主遣いが増えていく?

 簡単な役の主遣いは足遣いのときから行くんです。それもちょっとずつ役が上がっていって。左遣いは結構長いですけど、それを卒業すると主遣いだけになりますね。

 基本的に3人で1体だから、主遣い、左遣い、足遣いは同数必要ですよね。だから下が入ってこないと......。

 上にあがれない。僕は6年間、下が誰もいなかった。だから結構長い間、介錯でした。

 姿勢は足遣いが一番しんどいですか。

 そうですね。ただ、精神的には左遣いが一番しんどいと言われてます。

 主遣いに合わせるとか。

 それもありますし、主遣いの人が休んだとき左遣いが代われるくらいに勉強しとかなきゃいけないんです。師匠クラスになると、たまにパッと違うことをするときもあるんで、気も抜けない。ガッチガチしながら「今日、何かくるかな」って。合図を見逃したら、うちの師匠は舞台中に人形を持ってこう、ジロッと見るんです。

 おお、それはこわい。

 師匠は詳しくは教えてくれないんですよね。間違ってるぞって言われるだけで。それをどうするかは自分次第。他の人に聞きに行くですとか、色々試してみるとか。

 狂言とか能ってわりと、これをやると一人前みたいな演目が決まってるんですよ。文楽って何かあります?

 足遣いや左遣いで言うと、三人出遣いっていうのがあるんですよ。「勧進帳」の弁慶とか、「紅葉狩(もみじがり)」の更科姫とか、左も足も紋付きはかまで遣うんですけど、それが遣えれば一人前っていうくらいの目安ですかね。足遣いとしてはもう汗だくで、そんな変な顔も出来ないですし、けっこうキツイんですよね。

 そっか、普段は頭巾の下で見えてないですけどね。将来的にやりたいお役はあります?

yoshida-honbun.jpg  昔から良く見てるし、おやじも、おじいちゃんも遣ってた「義経千本桜」の忠信(キツネの化身)ですね。

 ちょっと普通の人間の動きと違いますもんね。

 型もちゃんと出来なきゃいけないし、キツネらしい動きもしないといけない。いまは実力不足で無理なので、将来的にですけどね。僕はいまだにもっと人形を動かせと言われます。

 動きがちっちゃいということ?

 なんか遠慮してまうんでしょうね。おやじが良く言うのが、「大きく動かして怒られろ」って。

 あまりやり過ぎると、それはそれで怒られるけども。

 ちっさく動かすより、そっちの方がいい。動きが小さいと、後ろの方のお客さんは何をしてるかわからないですから。

 狂言でも、ミスをするのが嫌だから結果的におもしろくない芸になってることはありますね。前やってめっちゃスベったのに、次おんなじ役やってもう一回おんなじことやるヤツがいるんですよ。なんかありますよね、萎縮しちゃうことって。

 やっぱりお客さんの前に出るとガチガチになってしまうんで、動きが小さくなるんでしょうね。心掛けてはいるんですけど、なかなか。

 舞台って、みなさんほぼ毎回フル出演ですよね。僕、もっとローテーションするもんだと思ってたんですけど。

 人形遣いって、若い頃はあっちの足いって、こっちの足いって、介錯してって、もう一日中バタバタなんですよ。「東西、東西」って言うのもですし、上手下手の小幕の開け閉めやツケも、全部人形遣いがやります。

 じゃあ場合によったら、この幕も出て、この幕も出て、みたいな。それはしんどいですね。人形遣いはいま、何人くらいいらっしゃるんですか。

 42です。僕より下が10人くらい。

 じゃあ上が30人ぐらい。人形遣いにも、それぞれスタイルとかあると思うんですけど、そういうのって意識します?

 立ち役と女形、どっちも遣いたいですよね。

 明確に分かれてるわけではないんですか。

 そうですね。どちらも遣う方もいますし。けど女形は難しいです。女の人らしい動きとか、しなを出すとか、僕らが遣うとぎこちない。

 素人目には女らしい動きってパターンがあるから、そっちの方が楽なのかと思ってました。なんか芸能とか芸術って、職人的なものと、わりと自己表現的なものとあると思うんですけど、人形遣いは職人的な方なのかなって。他の人が声を出して、しかも自分一人で動かせないっていう状況で、どういう自己表現があるのかなっていうのは興味があります。

 先代の(吉田)玉男師匠は、そんなに動かさない人なんですけど、最低限の動きだけでちゃんと意味がわかるんです。

 そぎ落とした美学みたいな感じですよね。

 けど、先代の勘十郎はもうガーッと動かす。荒物が得意でしたから。

 簑太郎さんはいま何が多いとかってあるんですか。

 どっちかというと立ち役の方が多いですかね。最近は若手会でもええ役遣わせていただけて。この前も「絵本太閤記」の(真柴)久吉を遣わしていただいて。いつも行けない足、左も行かせていただけるんで、すごい勉強になりますよね。

 若い方がそういうのやる場はあった方がいいですよね。

 まあ、怒られまくりですけどね(笑)。

 でもまあ、どの芸能の人も同じこと言いますけど、怒られんようになったらおしまいですから。言われてるときは、そうは思えないですけど(笑)。

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文楽人形遣い・吉田簑太郎(37)
 1981年生まれ。父は人形遣いの桐竹勘十郎。2000年、吉田簑助に入門。同年、吉田簑次を名乗り、初舞台。16年に二代目吉田簑太郎を襲名。12、17年に文楽協会賞を受賞。
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 狂言師・茂山童司(35)
 1983年生まれ。祖父の二世茂山千之丞(せんのじょう)、父の茂山あきらに師事。86年に初舞台。新作狂言会「マリコウジ」やコント公演「ヒャクマンベン」を主宰。2018年12月23日に三世千之丞を襲名した。

上方風流発行人 山田庄一さん 「人生最大の仕事になった」

 上方風流の創刊号が世に出たのは1963年。発行者の山田庄一は冒頭の「“いいだしべえ”の記」で、こうつづっている。
 「上方文化の衰退が叫ばれ、復興が望まれてすでに久しいものですが、もはや現状は、単に歌舞伎とか、文楽という個々のジャンルだけでは、どうにもならない段階まで来てしまった様です。(中略)生粋の上方育ちが集まって、いいたいこと、書きたいことを発表しているうちに、“明日の上方文化”の方向を見つけることができれば」  山田は1925年、大阪・船場に生まれた。家にはごひいきの歌舞伎役者が出入りするなど、幼い頃から上方の芸能に触れて育ち、交友関係も広かった。刊行当時は毎日新聞で記者をしていた。「学芸部で劇評を書きたかったがなかなかできず、千之丞や米朝に何かできないかと相談したのがきっかけ」と振り返る。
 3人で方々に声をかけてできた創刊号は40歳未満の24人が参加。各界で評判を呼び、2号以降も様々な人間が参加した。だが、山田が東京の国立劇場開場の創立メンバーに加わるため新聞社を辞めたことや、メンバーが忙しくなってきたことから8号を最後に「休刊」状態となった。
 「上方風流のメンバーからこんなにたくさん文化勲章受章者や人間国宝が出るとは思わなかった。人生最大の仕事になった」と喜ぶ。「今はみな忙しいから難しいかもしれないが、孫の世代にも受け継いでほしいね」

◆「上方風流」創刊号の顔ぶれ
【能楽】片山慶次郎、山本真義、大倉長十郎
【文楽】竹本住太夫、竹本源太夫、鶴澤寛治、吉田文雀、吉田簑助
【狂言】茂山千之丞
【演劇】坂田藤十郎、藤山寛美、石浜祐次郎、大村崑
【大衆芸能】桂米朝、夢路いとし、喜味こいし
【舞踊】吉村雄輝、山村糸、山村楽正、花柳有洸、飛鳥峯王
【評論】山田庄一、権藤芳一、嘉納吉郎