ナビゲーターで狂言師の茂山 童司さん(右)と第16回のゲストで吉本新喜劇座長の酒井 藍さん

新編 上方風流

第16回 狂言師 茂山 童司(35)×吉本新喜劇座長 酒井 藍(32)(2018年8月6日夕刊掲載)

  狂言師・茂山童司をナビゲーターに上方芸能の今を見つめる「新編 上方風流(ぶり)」。今回は吉本新喜劇を引っ張る6人の座長のうちの1人、酒井藍をゲストに迎え、新喜劇の魅力や喜劇人としてめざすものについて語り合った。

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茂山童司(童) 女性初の座長。1年経ってどうですか。

酒井藍(藍) いつもドキドキ、びくびく。初日の2日前ぐらいから必ず口内炎ができて、楽日に近づくにつれて治っていく。1年前と変わらないです。

 座長になると、座員とどう変わるんですか。

 一番大きいのは台本を作る作業です。それまでは自分に与えられたところだけ必死で覚えて絶対ウケたいと思ってましたが、今は全部スベりたくない。

 台本はびっちり書いてあるんですか、ギャグとか。

 座長によって違うんですが、私はがっちり決めたいんです。ここで走ってとか、隠れてとか。で、公演を重ねていくうちに、みんなが自然とボケを入れ出す感じです。

 ご自身のギャグも出し、他の方の持ちネタも出す。バランスは難しいでしょう?

 新喜劇は1本45分なので全部は収まらないんですが、私が自由にボケてウケさせてもらえるのは、きっちり芝居してくれる人がいるから。「こんなにええ芝居しまっせ」という、ギャグとは違う見せ場は作っていきたいと心がけてはいます。

 ギャグだけじゃなく。

 もちろんギャグも大事やし、その人の名刺代わりになると思うんですけど、お客さんが「なんの話やったっけ」ってなるのだけは嫌やなと思う。2週間後ぐらいにもう一回思い出してもらえるような、お話が面白い新喜劇を作りたいんです。

 お芝居を大事にされているのはいいなと思いますね。

 ロケでよく「昔な、花紀京(はなききょう)や岡八朗を見てきたんや。ああいう人情的なやつをしてほしいんや」と言われます。ちびっ子からお年寄りまで楽しんでもらえるのが一番の理想です。大笑いするけど最後はホロッと。

 人情というのが、笑いと並ぶもう一つの柱なんですね。

 松竹新喜劇の藤山寛美(かんび)さんのように、アホに見えて最後は泣かす子ども役とか、できたらなと思います。吉本新喜劇の立ち上げの頃からおられるやなぎ浩二さんは、「暑いなあ」と入ってくる芝居が誰よりもうまい。ほんまに暑いねんなって。そういうのは忘れたらあかんなと。

 狂言も新喜劇と同じ笑わすためのお芝居です。僕は芸術屋さんじゃなく芸人だと思ってるんでコントもやるんですが、僕が台本を書く場合、稽古しているうちに3割ぐらい変わる。本人の個性にあわせてどんどん書き換えていく感じですね。自分で書いたものを自分でやってスベったら自業自得でしゃあないけど、自分で書いたものを自分で演出して人にやらせてスベったら、その人に申し訳ない。

 めっちゃ分かります! いけそうと思ってても、台本を作っていく中でやっぱりスベるかなと思う時もあります。

 煮詰まりすぎたり、どう転んでも面白くない結末しかなかったりする時は放っておきます。そうすると何年後かに最初のアイデアが使えたりするんですよ。塩漬けは必要ですね。

 ご出身の奈良の田原本町あたりは日本の芸能のルーツですね。600、700年前、何とか座というグループがいっぱいあって、それがだんだん能や狂言、歌舞伎になっていく。

 田原本出身でよかった。

 新喜劇を見たのは?

ai.jpg  保育園児の時、テレビでです。めっちゃ笑ってるけど、涙ホロホロで最後はまた笑って終わる。このブラウン管の箱の中に入りたいなと思いました。高3の時に吉本の養成所に行きたいって言ったら「アホなこと言うな。大学行くか、働くかせえ」って。大学行ったら遠回りになるので働きますって。

 一度は警察に就職されたんですよね。

 そうなんです。公務員になって初めて新喜劇を生で見たんですが、衝撃的で、ほんまに息できひんくらい笑って、なおさら入りたくなった。働いて1年半くらいして「オーディション、受けたいねんけど~」と父に。

 相談したんですね。

 「そんな簡単ちゃうねん」って言われて、受けたらラッキーなことに受かりました。

 新喜劇のオーディションって、なんかすごそう。

書類審査に集団面接、最後がお芝居。新喜劇の短い台本が送られてきて、お芝居するんです。受かったのは5人で、女性は私1人。ラッキーでした。

 新喜劇に入ると下積みのレッスンとかあるんですか。

 基礎レッスンはあったんですが、実際は舞台に出て学んでいくことが多いかな。一回舞台に立たないと声がどんだけ届くかも、所作も分からへんし。

 他の芸人の道は考えなかったんですか、漫才とか。

 新喜劇やりたい気持ちがすごく大きかった。ビビリなので一人でやるのが怖いんです。

 でも、怖いという気持ちは大切と言いますね。僕もスベると悲しい。何とも思わなくなったら喜劇の芸人としておしまいでしょうから、緊張とか怖いというのは逆に注意深くなれて、いいんじゃないですか。

 ほんとですか、先生!

 先生じゃないです(笑)。それで、吉本新喜劇の一番の売りはなんだと思いますか。

 お客さんも巻き込んで、みんなが一緒に舞台に立ってる気持ちになれる芝居なんかなーと。「ブウブウ、私人間ですねん」ってギャグやるんですけど、「ブウブウ......」って言うてる最中に「私人間ですねん!」って、お客さんが一緒につっこんでくれる時があるんです。

 絶対言う人いそう。テーマも身近で共感しやすいんでしょうね。むしろ吉本に影響されてる人とかいそう。大阪って、面白いネタがいくつもある人間が普通に街中にいる。

 ロケに行くと、「このギャグあげるわ」とか言われる。時たま使わせてもらってます。

 座長として、今後は?

 今まで先輩方が積み上げてきたものは崩すことなく、その時代にあったものや自分しかできないものも重ねていって、次の人にバトンを渡していけるような、もっと大きな座長になりたいなと思うんです。

 テクノロジーもどんどん変わって、それにあわせてお話も変わっていくでしょうね。

 でも、温かい人情味のある、見てよかったというのは引き継いでいきたいと思います。

 新喜劇も「新」とは付くけど、伝統のあるお芝居です。

 来年で60年になります。

 守るべきものがあり、酒井さんのような新しい人も絶えず入って活性化してる。女性の目線で台本に携わると、また違ったお話もできるでしょうし。

 胸キュン話とか、取り入れたりするようにはしてます。

 そうして変わっていくと、あとを受け継ぐ次の女性が「酒井先輩がやってきたから私も」って、やりやすくなりますね。喜劇の人としゃべると、僕、だいたい共感して頑張りましょうって感じになるなあ(笑)。

  先生、優しく見守って!

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狂言師・茂山童司(35)  
1983年生まれ。祖父は二世茂山千之丞、父は茂山あきら。初舞台は86年。新作狂言会「マリコウジ」やコント公演「ヒャクマンベン」を主宰。12月に三世茂山千之丞を襲名する。
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吉本新喜劇座長・酒井藍(32)
 1986年生まれ。奈良県田原本町出身。奈良県警職員を経て、2007年、オーディションに合格し、吉本新喜劇に入る。17年、女性で初めて吉本新喜劇の座長に就任した。

上方風流発行人 山田庄一さん 「人生最大の仕事になった」

 上方風流の創刊号が世に出たのは1963年。発行者の山田庄一は冒頭の「“いいだしべえ”の記」で、こうつづっている。
 「上方文化の衰退が叫ばれ、復興が望まれてすでに久しいものですが、もはや現状は、単に歌舞伎とか、文楽という個々のジャンルだけでは、どうにもならない段階まで来てしまった様です。(中略)生粋の上方育ちが集まって、いいたいこと、書きたいことを発表しているうちに、“明日の上方文化”の方向を見つけることができれば」  山田は1925年、大阪・船場に生まれた。家にはごひいきの歌舞伎役者が出入りするなど、幼い頃から上方の芸能に触れて育ち、交友関係も広かった。刊行当時は毎日新聞で記者をしていた。「学芸部で劇評を書きたかったがなかなかできず、千之丞や米朝に何かできないかと相談したのがきっかけ」と振り返る。
 3人で方々に声をかけてできた創刊号は40歳未満の24人が参加。各界で評判を呼び、2号以降も様々な人間が参加した。だが、山田が東京の国立劇場開場の創立メンバーに加わるため新聞社を辞めたことや、メンバーが忙しくなってきたことから8号を最後に「休刊」状態となった。
 「上方風流のメンバーからこんなにたくさん文化勲章受章者や人間国宝が出るとは思わなかった。人生最大の仕事になった」と喜ぶ。「今はみな忙しいから難しいかもしれないが、孫の世代にも受け継いでほしいね」

◆「上方風流」創刊号の顔ぶれ
【能楽】片山慶次郎、山本真義、大倉長十郎
【文楽】竹本住太夫、竹本源太夫、鶴澤寛治、吉田文雀、吉田簑助
【狂言】茂山千之丞
【演劇】坂田藤十郎、藤山寛美、石浜祐次郎、大村崑
【大衆芸能】桂米朝、夢路いとし、喜味こいし
【舞踊】吉村雄輝、山村糸、山村楽正、花柳有洸、飛鳥峯王
【評論】山田庄一、権藤芳一、嘉納吉郎