ナビゲーターで狂言師の茂山 童司さん(右)と、第15回のゲストで歌舞伎俳優の片岡 千寿さん

新編 上方風流

第15回 狂言師 茂山 童司(35)×歌舞伎俳優 片岡千寿(37)(2018年7月2日掲載)

 半世紀前、上方芸能を担う20~30代の演じ手がジャンルを超えて集い、同人誌「上方風流(ぶり)」を編んだ。その一人、狂言師茂山千之丞(せんのじょう)の孫、茂山童司が案内する「新編 上方風流」。15回目は、上方歌舞伎俳優の養成所「上方歌舞伎塾」の1期生で、同期とつくった「晴(そら)の会」でも活動する、歌舞伎俳優の片岡千寿を招いた。

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茂山童司(童) 片岡秀太郎さんのお弟子さんですよね。

片岡千寿(千) はい。(入門は)19年前ですね。中学を卒業するとき、大阪松竹座に上方歌舞伎塾という研修所ができて、正直、歌舞伎を見たこともなかったんですけど、応募したら受かりまして。その主任講師が秀太郎でした。

 全然見たこともないものを、中学校を出ていきなり、というのは珍しいですよね。

 伯母から研修所ができると聞いて、嫌やったら辞めよ、ぐらいの気持ちで入りました。1年目で中間発表があって、その花道でみえを切ったとき「黒川!(本名)」と声がかかって、「これは気持ちええもんやな」と。

 東京にも研修制度がありますけど、東京と上方の違いってあるんですか。

 やっぱり上方歌舞伎の役者を育てるということでしたので、一番大きいのは言葉ですよね。ちゃんとした上方のセリフを言えるようにっていうのは、一番言われました。

 へえー。何年あったんですか、研修期間は?

 2年間です。お三味線、長唄、鳴り物、義太夫(節)、日本舞踊......、一通りやりました。1時間半の授業が4限あるんですよ、朝11時くらいから。朝一がお茶の時もありました。

 いきなり眠いのから(笑)。

 次がお花、お琴、お三味線なんていったら、一日中座ってなあかんのです。固い固い稽古場で、正座もろくに慣れていないときに。これがいちばん大変でしたね。

 ひざとかめっちゃ痛なりますよね。で、2年間が終わってそっからが。

 1年間の実地研修の後、平成11(1999)年の京都の顔見世(かおみせ)興行で弟子入りしました。18歳の時ですかね。そこで初めて片岡千寿郎(せんじゅろう)と。

 その後「郎」を取ったのは、何か理由があるんですか。

 「名題(なだい)試験」に合格しまして。そうすると、まねき(看板)に名前があがる役者になるんです。師匠と相談して、せっかく名題になるんだったら、と。

 試験って何するんですか?

 実技と筆記試験ですね。

 筆記?

 かつらや衣装の名前、舞台の尺高とか、時間やお金の昔の言い方とか。作文も書くんですよ。御曹司の人も全員受けて、名題適任証っていう賞状をもらいます。私たち門閥外の人間も、まずはその試験に合格することを目標に修行しているんです。

 へえー。狂言はなんせ資格がないので、誰でも狂言師になれます。台本は著作権もなにも「作者不明」がほとんどなので、使いたい放題ですし。中長期的な展望ってあります? どういう役者になっていくとか、こんなことやってみたいとか。

katoka.jpg  やっぱ師匠のような役者になりたいっていうのが一番ですね。演じているというよりも、ほんと自然体なんですよ。楽屋でしゃべってる感じのまんま舞台に出ると、もう役になってる。究極やなと思います。私たちはある程度演じんことにはそうならないですけど、どうやったらそうなれるか、日々、模索しているところです。

 千寿さんはお芝居やられているとき、上方の人間だ、みたいな意識はありますか。

 上方の言葉というのは、武器だと思いますね。我々は頑張れば江戸の言葉は何とかなりますけど、東京の方が上方の言葉をしゃべるのは、なかなか難しい。そこで、上方というものにこだわってやっていたのが、同期の(片岡)松十郎、(片岡)千次郎、私の3人なんです。

それが晴(そら)の会ですね。公演では三方に客席がありますよね。僕らはあんまり気にならないですけど、どうですか?

 なかなか慣れないです。

しかもめっちゃ近いですよね。

 近いです。客席から上がっていくと、(最前列の観客の)足踏むこともあるんですよ。それが一つ、面白いところでもあるんですけど。お客さまも、普段見えないところまで見えるし、汗も見えるし、熱がすごい伝わってくるから、あの空間は面白い、とおっしゃってくださって。

 普通の歌舞伎と違って、舞台も回らないですし、セリとかもない。書き割り(舞台の背景画)もガッツリ作るわけじゃない。やっている側として、何か違いってありますか。

 そこはあんまり気にならないです。逆にどうですか、何もない空間でやるというのは。

 僕らはそれが普通なので、たまにほかのお芝居とかでガッツリ作りこんだ空間に行くと、けっこう邪魔ですね。物があるって不自由と思います。狂言は、ここに石があると言ったらあることになるので。(本当に小道具が)あったら、それを使った後の処理を考えないといけない。客層も普段と違うんじゃないですか?

 わりと若いお客さんが多いかもしれないですね。普段、劇場ではお着物をバシッと着られたご婦人方が多いような気がしますけど。

 やっぱり、その劇場のお客さんっていらっしゃるじゃないですか。近鉄アート館は昔から小劇場の方もやってらっしゃる所ですし、そういう影響も大きいのかなーって。

 伝統芸能はなかなか、入り口が難しいなと思うんです。私もいろんなワークショップをやるんですけど、「どんな格好して歌舞伎見に行ったらいいですか」って質問される方もいるくらいですから。

 とりあえず、何かモノを着てきてくださったら、それで結構です!(笑)

 敷居が高いというイメージが強いんでしょうね。

 こっちも、親しみやすくするって言っている一方、「格式が......」とか言ったりするじゃないですか。そこのバランスですよね。芸に格式はいるかもしれないけども、敷居をどうやって下げるかは考えないといけない。こういう感じで普段の劇場とは違う場所で上演するものって、やっぱりある意義は大きいと思います。

 晴の会は今回(2018年8月2~5日)で4回目ですけど、1回目は3人で、ついたてが一つあるだけでお芝居ができたので、どこに行ってもできるんじゃないかっていうのは、いつも話してるんです。関西で歌舞伎公演って少ないので、2日でも3日でも増えればいいな、とは思うんですけど。

 普段つかないお役にも挑戦できますよね。

 いかに普段の公演で勉強しておくかということなんですけど、急に大きい役をやってもなかなかね。いつも勉強不足だって怒られるんですけど。(監修の)師匠も(片岡)仁左衛門旦那も、本当に手取り足取り芝居を示してみせて下さるんで、なんとか食らいつきたい。私たちのような門閥外の役者がこんな公演を打たせていただけるなんて、歌舞伎界でまずないことですから。いまだに夢のような公演なんです。

 やっぱり役者は、出てやらないとうまくならないですしね。うらやましいのは、8公演もあるんですね。

 そうなんです。1回目が5回で、毎年1公演ずつ......。

 増えてる。すごい。年1公演ずつ増えてったら、第40回くらいには立派なひと月興行に。

 その頃にはもう、足腰立たへんようになってたりして(笑)。

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狂言師 茂山童司(しげやま・どうじ)(35)
1983年生まれ。祖父は二世茂山千之丞、父は茂山あきら。初舞台は86年。新作狂言会「マリコウジ」やコント公演「ヒャクマンベン」を主宰。12月に三世茂山千之丞を襲名する。
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歌舞伎俳優 片岡千寿(かたおか・せんじゅ)(37)
1981年生まれ。兵庫県明石市出身。99年に上方歌舞伎塾を修了、初舞台。片岡秀太郎に入門する。2012年に名題昇進。13年に個人で、17年に晴の会で咲くやこの花賞を受賞。

上方風流発行人 山田庄一さん 「人生最大の仕事になった」

 上方風流の創刊号が世に出たのは1963年。発行者の山田庄一は冒頭の「“いいだしべえ”の記」で、こうつづっている。
 「上方文化の衰退が叫ばれ、復興が望まれてすでに久しいものですが、もはや現状は、単に歌舞伎とか、文楽という個々のジャンルだけでは、どうにもならない段階まで来てしまった様です。(中略)生粋の上方育ちが集まって、いいたいこと、書きたいことを発表しているうちに、“明日の上方文化”の方向を見つけることができれば」  山田は1925年、大阪・船場に生まれた。家にはごひいきの歌舞伎役者が出入りするなど、幼い頃から上方の芸能に触れて育ち、交友関係も広かった。刊行当時は毎日新聞で記者をしていた。「学芸部で劇評を書きたかったがなかなかできず、千之丞や米朝に何かできないかと相談したのがきっかけ」と振り返る。
 3人で方々に声をかけてできた創刊号は40歳未満の24人が参加。各界で評判を呼び、2号以降も様々な人間が参加した。だが、山田が東京の国立劇場開場の創立メンバーに加わるため新聞社を辞めたことや、メンバーが忙しくなってきたことから8号を最後に「休刊」状態となった。
 「上方風流のメンバーからこんなにたくさん文化勲章受章者や人間国宝が出るとは思わなかった。人生最大の仕事になった」と喜ぶ。「今はみな忙しいから難しいかもしれないが、孫の世代にも受け継いでほしいね」

◆「上方風流」創刊号の顔ぶれ
【能楽】片山慶次郎、山本真義、大倉長十郎
【文楽】竹本住太夫、竹本源太夫、鶴澤寛治、吉田文雀、吉田簑助
【狂言】茂山千之丞
【演劇】坂田藤十郎、藤山寛美、石浜祐次郎、大村崑
【大衆芸能】桂米朝、夢路いとし、喜味こいし
【舞踊】吉村雄輝、山村糸、山村楽正、花柳有洸、飛鳥峯王
【評論】山田庄一、権藤芳一、嘉納吉郎