あさのあつこさん(右)をお招きした中之島どくしょ会=6月8日、大阪市北区のアサコムホール

特集

作家あさのあつこさんを招いて
~6月8日開催 第24回中之島どくしょ会~

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 作家を招いて作品について語り合う「中之島どくしょ会」。第24回は岡山県美作市在住のあさのあつこさんをお迎えして、6月8日、アサコムホール(大阪市北区)で開催しました。課題図書は「ぼくがきみを殺すまで」。抽選で当選した読者ら120人が参加。朝日新聞大阪本社生活文化部の山崎聡記者が聞き手となりました。会場からの質問への回答であさのさん高校時代の創作について、とっておきの話を聞くこともでき、たいへん盛り上がりました。


以下は当日の抄録です。

山崎 あさのさんについて、簡単にご紹介させていただきますと、作家デビューが1991年で、代表作は『バッテリー』ですね。少年野球を題材にされて、全6巻のシリーズで、延べ一千万部を超えるベストセラーになっております。


 それ以外にも、近未来を舞台にしたディストピアSF、『No.6』が全9巻。あと時代小説、今や幅広いジャンルの作品を手がけておられる人気作家でいらっしゃいます。


 今日は、中でも『ぼくがきみを殺すまで』という作品について深くお伺いしていこうと思います。私があらすじを紹介します。


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 舞台は、月が満ちることがない土地、ベル・エイド。そこの民と、隣にあるハラと呼ばれる荒野の民、この隣り合う二つの民族はもともとは交易があって友好関係にあったんですけれども、この本を開くと、既に戦争状態にある。しかも、もはや末期で、血で血を洗う状態になっていまして、少年兵まで駆り出されている状態であると。


 物語は、敵方の捕虜になった、ベル・エイド側の少年L、これが後にエルシアという本名であることがわかるんですけれども、そのLの視点、捕虜を見張る少年に対して彼が過去を語っていく、回想することでつづられていくわけです。


 中で、戦争が起こる前の、ハラの少年ファルドとの出会いとか、日常がゆがんでいって戦争にまで行ってしまう、そういう日常が緻密に描かれていくという小説です。


 では、さっそく、お伺いします。そもそも少年兵たちの物語を書こうと思われたきっかけといいますか、構想はいつごろからあったんでしょうか。



少年兵の話を書きたい

あさの これは朝日新聞に4カ月ほど連載をした作品で、少年少女をテーマとして、4カ月間の連載小説をというお話だったんです。


 そのお話をいただいたとき、少年兵の話を書きたいというのがすごくありました。それはどうしてかというと、『No.6』という作品を書いていて一応の区切りはつけたんですけれど、テロリストの少年を書きたいというのがあって、戦わざるを得ない、あるいは戦いに巻き込まれていく、人を殺さざるを得ない少年というのをどうしても書きたいという思いがありました。


 今、私が少年少女を主人公として書くのだったら、戦争というものを題材にするしかないかなというのを思ったんですね。物書きの感覚に一番絡んできたということしか、うまく言えないんですけれども、書きたくないけれども、書きたいという。


山崎 連載が始まったのが2015年9月ごろで、世相的には安保法制の議論が盛んだったんですが、その辺とも関係があるのでしょうか。


あさの 明確にはわからないのですが、たぶん、気持ちのところに絡んできたと思うんです。日本という国が戦争というものに、リアルに近づいているのではないかという感覚がすごくありました。


 私の母は戦争を10代で体験した人だったのですが、母が認知症の症状を起こしたときに「怖い、怖い」と言うんです。これから日本がまた戦争になるんじゃないかと、同じにおいがする。こんな明確な言葉ではないんですけど、「同じだ、同じだ。怖い、怖い」というのをずっと繰り返していたんです。亡くなる数年前。国の雰囲気、あるいは世界の動きもあり、「そうか、お母さんは、あの戦争を体験した者の嗅覚としてとらえていたのかな」と思いました。


山崎 巻頭から、かなり残酷な描写も多くて、加害者としての子どもを描くのだという意識が最初から伝わってくるのですが。


あさの そのとおりで、タイトルは少年兵を書こうと思った瞬間にふっと浮かびました。タイトルって、実は、なかなか浮かばないことがあって、そういうときは書きあぐねるというか、まだ私の中で書くべきというふうに熟していないことが多いんです。


 タイトルが決まる、その前に出てくる人たちが、だんだん見えてくるんです。髪の毛はこんな色をしているとか、身長はこれくらい、食べ物はこういうものが好きでとか、こういう趣味があって、というものが見えてくるんです。


 タイトルとしては長いし、適切かどうかわからなかったのですが、ほかのタイトルに変える気はまったくなかったです。タイトルが浮かんだ瞬間、自分の書きたい世界が明確に見えてきて、加害者としての少年だけではなくて、加害者としての大人、加害者としての自分を見てみようというのがすごくありました。


 日本には、すぐれた戦争児童文学もたくさんあるんですが、特に児童文学の場合は、少年少女、子どもたちが主人公であることもあって、被害者としての彼らはすごく書かれてきているんですね。


 もちろん、戦争が始まれば、子どもたちは一番の被害者になります。あと、戦うすべのない者たちというのは被害者になるし、今もそうですね。世界各地で起こっている戦争の最も大きな犠牲者、最も大きな被害者は子どもたちである、それは変わらないと思うんです。


 ただ、戦争というものは被害者だけを生み出すのではなくて、加害者を生み出すと思うんです。それを書かなければという気は、すごくします。私自身が加害者になる可能性があるわけなので、そこを含めて書きたかったというのはあります。


山崎 少年同士が殺し合うわけで、読んでいて、つらいことでもあるんですが、書いていく作業というのはいかがでしたか。


希望を語らず物語を閉じた

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あさの 自分で望んで、自分で書く世界なので、向き合わざるを得ないんですけど、誰も幸せにならない世界というものを書いていいのかというのはあったんですね。


 若い人たちが読んでくれるかもしれない物語では、希望を語りたいと思うんです。絶望で終わるのではなくて、「明日一日、生きていこうよ」と言える希望。一日生きてみれば、何かが見えるかもしれないという希望を語ってこその物語だと、ずっと思ってきたんですが、この作品の場合、自分自身がつかむことができなくて。


 これは二つの物語でできているんですけど、エルシアはあと数時間で処刑されるという立場ですし、もう一編のKはテロリストになるかもしれないというところで終わっていて、救いというものはたぶんないだろうと思うんです。だから、本当にささやかなものではあるんですが、私にとってこれは冒険で、希望を語らないで物語を閉じることが自分の中でものすごい抵抗がありました。


 自分にとって戦争の中の希望はいったい何だろうと、ずっと考えていたんです。でも、書き終わった後、戦争の中の希望を見つけようとすること自体、すごく卑怯じゃないかと思って、戦争というものに希望なんてあるわけもなく、絶望と死しかない、だから戦争なんだと思うんです。


 そこを自分で受け止めないで、最後、戦争の中にささやかな希望を持っていくことは、私はできなかったというか、してはいけないという気がしたんです。ですから、国のために散ることの尊さとか、誰かを守るために銃の引き金を引くことの尊さなんていうものを語ってはいけないし、破壊された後、そう簡単に復興の兆しみたいなものを書いてはいけないという気はすごくしました。


山崎 ファルドという少年の位置づけがおもしろいなと思いました。エルシアにとって大切な仲間、親友だし、物語全体の希望が彼に仮託されるような気がするんです。


ファルドに託した文化

あさの 彼は、実は生身を持たないところがあって、初めから彼の視点で書く気はなかったんです。私が彼に仮託したのは、文化なんです。絵を描くことであり、物語であり、歌うことであり、踊ることであるという、一つの文化を私は彼に託した。ここでは、彼は画家として壁に絵を描いたりするんですけど、その行為そのものが彼なんです。


 これも私の勝手な思い込みですが、戦争の対極にあるものは文化だと思うんです。人が本を読むことであり、物語を書くこと、物語を語ることであり、歌うことであり、楽器を奏でることであり、あるいは誰かと何かを本気でしゃべり合うこと、それも文化だと思うので、生身の言葉で、本気でやりとりをすることである。そういう文化が、戦争の対極にあると思うんです。


 文化というものこそが戦争を阻止できる一つの大きな要因ではないでしょうか。逆に言えば、歌うことが禁止されたり、読んだり書いたりすることがないがしろにされたり、踊ることが軽んじられたりする社会というのは、たぶん加速度的に戦争へと突き進んでいく危険性を持っているのではないかなというのがあります。


山崎 おっしゃるように、殺伐とした物語の中で、ファルドがエルシアの部屋の壁に描く絵の描写というのがすばらしいです。絵が完成する瞬間が134ページにあるんですが、「飛び起きる。絵具の匂いを吸い込む」というところから続く数行に、僕は幻惑されるというか。絵の中身を書いているんですけれども、それは海と森という自然の描写にもなっていて、すごく幻想的でもある文章で、美しいんです。


 今回は絵になりましたけれども、自然描写の美しさというのは、あさの作品の中でどれにも言えるんじゃないかと思って。『バッテリー』だって、そうじゃないですか。自然描写の美しさは、どういうところで生まれるのかというのは、岡山にお住まいだからなのかなと考えたりするんですが。


五感を通じて書ける強み

あさの 私は岡山の北東部の小さな町に住んでいて、東西南北、10分歩いたら山にぶち当たるというところ、生まれたのもそこなんですね。美作というところ。湯郷温泉という小さな温泉があります。いいところなんです。自然描写が云々と言われるんですけど、書くという作業って五感なんですね。何を見たか、何を聞いたか、何を書いたか、あるいは、何を肌で感じたかということが描写のもとになっているので、たぶん東京の青山か白金か、高級マンションの20何階に住んでという話は絶対に書けないんです。


 夜、歩いていると、闇だまりというのがあるんです。人工の光が届かない闇だまりみたいなものがあると、そこは昼間見たら1メートルほどの落差しかないかもしれないんですけど、夜そこに闇がたまると、すべてがズブズブッと沈んでいってもおかしくないんです。そこから、ぽわっと、ホタルが出てきたりする。時代小説を書くときは、すごく役に立ちます。江戸の闇なんていうのは、もう東京にはないわけです。提灯一つで足元だけを照らして、漆黒の闇の中を歩くなんていうことはないわけですけど、美作にはまだそれがある。


 うちの旦那は歯医者なので、手先が器用なんです。時代小説を書き始めたとき、行灯をつくってくれたんです。竹をさして和紙を張って、中にお皿を置くだけなんですけど。電気を消したら、本当にまっ暗になるんです。そのときはナタネ油を使ったので、当時の庶民が使う行灯とは違うと思うんですけど、お大尽とか上級武士たちの使う行灯にほぼ近いものになって、確かめることができたりするんですね。


 そうしたら、虫が誘われて、行灯にポーンと当たるんです。パサパサッ、ポーン、ポーンと当たる。「あっ、この音って江戸の音なんだな」と思ったり。 そういうことが自分の身にしみてわかる、自分の身を通して書けるというのは強みかなと。


山崎 五感で書いているから、五感に伝わるものが書けているという感じなんですね。


あさの ありがとうございます。ただ、五感だけでは追いつかないところがあって、常に「じゃあ、おまえはどこにいるんだ」ということを問われるんです。


 私はもちろん大人側にいるので、エルシアのお兄さんが捕まったところで、パン屋のおかみさんがパンを持ってきて「あなたたちには、もうパンを売れない。ごめんね」と涙を流しながらパンを渡すじゃないですか。だから、一見いい人なんだけど、戦争というものを回す歯車の一つになっている。


 あるいは「Kの欠片」の中で、登場するKのおばさん。陽気で、優しくて、強くて、ある意味ですてきな女性なんですが、「難しいことを考えるのはやめましょうよ。今、楽しければいいじゃない」と言っているわけで、私がいる場所というのは、そこなんですね。


 泣きながら、パンを渡して、でも戦争に加担していく自分、あるいは「頑張って生きようよ。生きていたら、きっといいことがあるよ」と励ましながら戦争に加担していくという立場だなと思うんですね。加害者の立場から抜け出るためにはどうしたらいいのかということを考えながら作品を書いていきたいなと思います。


山崎 子どもだけじゃなくて、大人の立場についても書かれていく中で、僕が思ったのは、もともと二つの土地は仲がよかったのに、何で戦争になっちゃったんだろうというのが、よくわからない。戦争をしなきゃならない大人の事情というか、「こうだから戦争になりました」みたいなことは書かれていないじゃないですか。その理由をお伺いできれば。


大人の事情は書くまいと

あさの 書いたときから、大人側というのは詳しく書くまいというとおかしいんですが、あくまでもエルシアやKという少年たちを通して大人を書こうと思ったんです。書くことで、大人たちがごまかそうとしてきた、あるいは覆い隠そうとしてきたものが見えるんじゃないかと思ったんです。


 結果的には書き切れていないとは思うんですけれども、大人側から書くと「国を守るためには戦争をせざるを得ないんだ」というのがあるかもしれないし、あるいは「戦争は絶対に反対だ」「それはやってはいけない」と、最後まで抵抗した人がいるかもしれない、いろんな大人がいるでしょうけれども、やっぱり大人側からは書きたくないというのがあって。


 それは、戦争を止めるにしても、戦争を前に進めるにしても、大人側にその力があるからなんです。少年たちは加害者にもなる、被害者にもなる、だけど、戦争を起こすことも、止めることもできない立場だと思うし、彼らを通して大人はどういうふうに見えるんだろうというのがありました。 本当は、もっと容赦なく書きたかったんですけど、どこかで自分が退くというか、おびえる部分もあったのかなと。


 Kのお父さんみたいに、平和主義の知識人と呼ばれる人であろうと、おばさんのような、一生懸命生きている庶民であろうと、エルシアの両親のような、ごく普通の人であろうと、大人である以上、すべて戦争に責任があると思うんです。子どもを書くことによって、そこが逆に見えてくるんじゃないかなという気がしました。


山崎 このあたりで少し話題を変えまして、『バッテリー』は完結からもう10年余りたっていて、今の作家あさのあつこさんは『バッテリー』というシリーズを通してどんなふうに振り返っていらっしゃるのかなと。


追いかけて、見えなくなった

あさの 実は、『No.6』は未完なんです。『ぼくがきみを殺すまで』は、ちょっと異色なんですけど、ほかの作品は、書きたい人間がいて、その人を追いかけて書いているんです。


 『バッテリー』の場合は、主人公の原田巧という少年を書きたくて、ずっと追いかけて書いてきたんです。本当は2巻で終わるつもりだったんです。最後、彼をピッチャーとしてマウンドで終わらせようというのがあったんですけど、書いても、書いてもつかみきれなくて、一生懸命、追いかけて書いたんですね。


 でも、書いてみて、あの時点で彼が見えなくなったんです。追いかけることができなくなったんです。少しでも後姿をつかんで、そこから物語を書いていたんですけど、まるで見えなくなってしまって、それで終わったという感じでしたね。


 実は、『No.6』も、あの後を書きたい思いがすごくあって、紫苑とネズミという2人の少年が主人公ですけど、紫苑が為政者というか、支配するほうに回る。そこで彼はどう変化するのか、それに対して、ネズミという絶対的な自由を手にしている彼はどうするのかというところまで書きたいなという思いはあったんです。


 その2作とも、物書きとしての私の力が及ばなくて、見えないんです。視野に入ってこない、追いつけないという感じで、だから本当に未完の作品ですね。


山崎 じゃあ、もしかしたら、いつか、どちらかの続きを書かれるかもしれない。


あさの 特に『No.6』は、書かないといけないかなという気がしているんですけど、ちょっとわからないですね。物書きとしての力が自分にどこまでついてくるか、追いかける力というのが。


山崎 あさのさんにとって物語をつむぐということは、現実の何がしかに結びついているといいますか、物語、フィクションを通じて現状をうがつというか、物語が持つ力というものについて、どうお考えなんでしょう。


戦争を押しとどめる力

あさの 本当にすぐれた物語というのは、人を徹底的な破壊とか、戦争みたいなものを押しとどめる力があるんじゃないかと、考えたいと思っているんです。


 どんなジャンルの物語を書いても、今という現実、今というこの時間、この時代から離れたところでの物語は書きたくないというか、力になり得ないだろうなというのがあるんです。


 じゃあ、今は何かというと、書き手がどういうふうに触手を伸ばして、それをつかむかによると思うんですけど、例えば子どもの貧困、沖縄の基地。話が全然違うんですけど、私の娘が福島のいわき市にお嫁に行っていて、原発から30キロのところで暮らしていたんです。今は岡山に帰ってきているんですけど、原発がどういうものかということも含めて。


 ただ、それはすごく重くて、社会性があってということとは別なんです。今、本は売れないし、出版状況も厳しい中で、どうしたら売れるかということは大きな課題ですけど、そこで弱めたくないなというか、自分が現実に怒りを投げる、引っかける力を弱めたくないなというか、そういう気はすごくしています。


 自分が岡山の片田舎に住んでいて、何を感じているか、何を思うか、何から目をそらそうとしているか、何を見据えようとしているかということも含めて、自分にちゃんと向かい合いたいなという気はしています。


山崎 あさのさんの物語の芯の強さというか、源泉に触れたような気がしました。

会場からの質疑応答

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山崎 まず、会場のかなりの方が気にしていらっしゃることとして、作品の中でLとかKとかSとか、登場人物がイニシャルで表記されていますね。これはなぜですかと。


イニシャル、意図的に

あさの これは意図的にやりました。戦争の中に人間をぶち込んだというと言葉は悪いんですけど、組み込んでしまった人間側にすれば、兵士というのはどういう姿をしていようが、どういう個性があろうが、それまでどういうふうに生きていようが関係ないんですね。要するに、戦うためのコマでしかないんです。


 それは、あらゆる戦争がそうだと思うんです。それをあらわしたかったというと、おかしいんですけど、それを端的にしたとき「あっ、名前がないんだ」と。兵士としての彼らには名前がないということをすごく意識して。


 白黒の画面の中で彼らが動いていて、そこでファルドなり、エルシアなり、名前がついた人だけに色がついてくるんです。エルシアという少年がそこに現れたとき、それは兵士ではなく、兵士にならざるを得なくなったエルシアなんです。人間が兵士の前に来るんです。  でも、人間の前に兵士を置いたとき、それはすべてコマでしかないんだろうなという意識を出したくて、意図的にイニシャルにしました。


山崎 「作中に『この世から言葉が消えたらどう思うか』という問いがありましたが、あさのさん自身はどう思いますか」


あさの そうなんです。これは単一化だと思うんです。自分で自分の言葉を使えなくなるという、それは戦中にもたくさんあった事例だと思うんです。


 例えば、敵性語は使えないというので、片仮名の言葉が切り捨てられていったりするじゃないですか。そういうことも含めて、私たちが私たちの思いを、私たちの言葉であらわせなくなったとき、それは一つのバロメーターみたいな感じで、戦争というものが身近にありはしないか。今、この言葉を使うと自分がまずいことになるというと、おかしいんですけど、人を傷つけるための言葉ではなくて、自分が使いたい言葉を使えなくなる。


 自粛という言葉が一時はやりましたけれども、そうなってしまって、言葉をのみ込んでいくということ。言葉というのは道具なんですね。だから、使わなければ錆びるんです。使わなければ機能が衰える。それをもう一度使おうとしたとき、最初からメンテナンスをしなきゃいけない、あるいは使い方さえわからなくなってしまうことがあると思うんです。


 生き物であると同時に道具なんです。ちゃんと使いこなして、それに水をやって、食べ物をやって、一緒に育てていかないと、いずれは消えてしまう、枯れてしまう、そういうものだと思っているので、言葉の危機は人間の危機だと思っています。


山崎 「思春期特有の、その瞬間に閉じ込められている感情を文字にできるのは、ご自身が中高生だったころの気持ちを忘れずに生きているからでしょうか」。この方は16歳ですけれども、ほんの2~3年前のことなのに、あさのさんの作品を読むまで忘れていたことに驚いていると。


忘れられない思春期の思い

あさの いつまでも若い思春期の気持ちは、私自身なんです。モデルはどこにもいなくて、自分が10代のときに思っていた「あの一言が言えなかったとか」「あれほど悔しかったのに、笑ってしまった」とか「愛想笑いを浮かべて、済ませてしまった」とか、友人が手を差し伸べてくれて、そのときの手を今でも忘れられないとか、いろんなことがあって。


 だいたい、マイナスのことが多いんです。悔しかったり、悲しかったり、つらかったり、もどかしかったり、そういうことが8割方なんですけど、それをずっと引きずってきていて。だから、忘れられるほうが、私は不思議だったんです。「何で忘れるの?」と思っていた。


 でも、このごろ、わかってきたんです。みんな、それを上手に忘れて、あるいは上手に処理して、ちゃんと折り合いをつけて、一歩、一歩、大人の階段を上っていく、それがまともな大人のあり方なんだなという気がして。


 でも、本当に忘れられないんです。忘れられないから、折り合いがつかないんです。いまだに、あのとき言われた一言がチクッと胸に刺さって、傷ついたり、悔しかったり、涙までは出ないんですけど、唇をかみしめたりすることはしょっちゅうあって、それをどうしたらいいかというと、書いて、自分の悔しさの正体とか、解消の仕方を探っていくしかないので。思春期にこだわっているのは、そういうことかなとは思います。


 

山崎 「小さいころから本がお好きだったのですか」「影響を受けた作家さんや作品を教えてください」


壁ではない、ドアなんだ

あさの 実は小学校のころ、全然本を読まない人だったんです。でも、中学に入ってからは海外ミステリーにはまって、コナン・ドイルとかアガサ・クリスティとか、一番好きだったのはエラリー・クイーンだったんです。「物語って、こんなにおもしろいんだ」と思いました。そのとき、本を読む人ではなくて、書く人になりたいと思ったんですね。


 コナン・ドイルのシャーロック・ホームズを読んでいると、霧の向こうから馬車の音が聞こえてきたり、山高帽のふわっとした影とか、ドレスを引きずる音が聞こえたりという経験を初めてしたんです。


10代半ばのころは、閉塞感がすごくあって、自分でわかるわけです。何かができるわけではない、勉強もそんなに好きではない、ほかに何かの才能があるわけではない。しかも、こんな田舎にいて、この中でしおれていくんだというか、自分で自分を憐れむみたいなことは10代のころって、あると思うんですけど、それを笑うことはできなくて。


 でも、本と出合ったことで、自分を取り囲んでいた壁がドアだったんだ、向こうへ開くんだということに気がついて。開けば、ロンドンの霧も、フランスの空気も、ペルーの雨の音も、それこそ江戸の闇も、未知のものが流れ込んでくる、未知のものが見える、聞こえる、触れるということを本で教えてもらったんです。


 だから、囲んでいるものは壁ではない、実は、ドアなんだ。「向こうへ開けるんだよ」ということを教えてもらって、生き延びてきたということがあるので。だから、今でも海外ミステリーはすごく好きですね。


山崎 読んですぐに書き手になりたいというお話があったんですけれども、初めて何かを書かれたというのは、いつの何になるんですか。


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あさの 実は、ずっと書いていて、ちゃんとしたものになったのは、高校1年か2年の夏休みの宿題か何かで、読書感想文か創作というのが出たと思うんです。「これは絶対に創作をやってみたい」と思って、26~27枚だと思うんですけど、初めて作品を書いたんです。それまでもノートに書いていたんですけど、最後まできっちり書き切った作品だったんです。


 それは宿題なので、先生に提出したんですね。そうしたら、現国の先生がその作品に対して、赤字で5~6行だと思うんですけど、感想を書いてくれたんです。評価ではなくて、感想を。そのとき「そうか」と思って。


 物語って、最後まで書き切ったら読者を得られるんだと。たった1人ですけど、誰か読んでくれる人が1人いるというのと、ゼロ。ゼロと1って、ものすごく大きな開きがあるんです。たった1人でも読んでくれる読者がいるということで、作品は命を吹き込まれるんです。どんな名作でも、読まれないまましまわれていたら、それは物語とは言えないじゃないですか。1人でも、読んでくれる人がいるんだということを感じたのを今でも覚えています。


山崎 その物語って、どんな話だったか覚えていますか。


あさの それは海外ミステリーの影響かなと思うんですけど、石畳とかが出てくるんです。ヨーロッパの小さな町らしいんですけど、どことも書いていなくて。美作の女の子が行ったこともないのにね。


 『マグナード氏の妻』というタイトルなんです。マグナードさんという人がいて、最愛の妻を亡くすんです。美しい妻の目は、エメラルドグリーン。彼はお墓の前で毎日、泣いていたんですけど、ある日、そこに1匹の黒猫が座っていたんです。その黒猫がエメラルドグリーンの瞳をしていたんです。


 マグナードさんは、妻が生き返ったと喜んで、その黒猫を連れて帰って、一緒にお風呂に入ったり、ベッドに入れたり、一緒にご飯を食べて、「きみの好きな何々をつくったよ。しっかりお食べ」みたいに語り合っていたら、それを近所の人がマグナードは悲しみのあまり変になってしまったと騒いで。


 そこに牧師さんか来て、「神の名において、猫は猫で、死者は死者だ。あなたは幻を見ている。これはただの猫にすぎないんですよ」と説教をするわけです。マグナードさんは「妻を侮辱した。『たかが、こんな猫に』と言った」と怒って、牧師さんを殴って大けがをさせるんです。それで、マグナードは狂った、彼を病院に入れなきゃ危ないといって、みんなが車に乗せて病院に送るんです。


 最後のシーンは、マグナードさんが連れ去られた後、家の玄関の前で黒猫がニャオと鳴くという。


山崎 それは、すごいな。


あさの 全然すごくないんです。マグナードとかアイリスとか、意味がわからないような名前がいっぱい。全部、片仮名です。また、ハイネの詩で「海には真珠 そらには星 わが胸 わが胸 されどわが胸には恋」というのがあるんですけど、それが最後に書いてあったりして。今、言いながら恥ずかしいんですけど。


山崎 「これから書きたいと思っている物語は、ありますか。新しい物語の構想、今後テーマにしたいものはありますか」


日常の中の異物に触手

あさの いろんなことがあるんですけど、自分の日常の中に飛び込んできた異物というものを書きたくて。それは難民であったり、貧困であったり、暴力であったり、それこそ戦争であったりするんですけど、そういうところに触手を伸ばしたいなとすごく思います。具体的には、企業秘密なので、うまく言えないんですけど。


 もちろんシリーズ物もあるので、時代小説もしっかり書いていきたいんです。どうして時代小説を書くかというと、私は、時代小説で初めて、大人の男と大人の女が書けるからなんです。現代小説では、それを書こうという気が起こらない、書けないのかもしれないんですけど、私にとっての大人の男、大人の女というのは、時代小説で書けるので、その辺はもうちょっと書いていきたいなというのはあります。


 現代物では、さっき言ったみたいに、自分の日常生活をきっちり描きながら、そこに何が飛び込んでくるかというのを書きたいです。


山崎 そういう話だと、まさに『ぼくがきみを殺すまで』も、そういった中の一冊になっていたということですね。


あさの そうですね。この作品を書いたことで、自分に課題を与えられたと思うんです。加害者である自分とどう向かい合うのか、そこからどう抜け出すのかという、一つの大きな課題が。それは物語のテーマではなくて、私のテーマとして受け取ってしまった気がするので、それが物語化できるかどうかは別として、たぶん、自分の底にあるだろうなと思います。


山崎 どうもありがとうございました。皆さんと一緒に、これからのあさのさんの作品を楽しみに待ちたいと思います。

(構成 湯浅好範)