中之島クロストークのホスト役で政治学者の白井聡・京都精華大専任講師(右)と、ゲストの藤原辰史・京都大学人文科学研究所准教授

特集

藤原辰史さん・白井聡さん、人文学の未来を語る 
~2月23日開催 第15回中之島クロストーク~

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 政治学者で京都精華大学専任講師の白井聡さんをホストに、毎回、多彩なゲストと社会や政治について対談する中之島クロストーク。2月23日開催の今回は、藤原辰史・京都大学人文科学研究所准教授をゲストに、同世代の2人が「人文学の未来」を語り合いました。会場の朝日新聞アサコムホール(大阪市北区)には、公募で当選した約120人が集まりました。



京大に変な人、やっぱりいた

白井 今日は藤原辰史さんをお迎えすることができました。京都で、同じ世代では誰がいるのかなと考えた場合、僕がまっさきに名前が浮かんでくるのが藤原さんなんですね。京都に藤原ありと。これから京都の知を担っていく人物であると以前から思っていましたので、お迎えすることができて、大変うれしいわけです。


 私が最初に藤原さんの名前を知ったのは、最初のご著書で、2005年ぐらいですか、『ナチス・ドイツの有機農業』、サブタイトルが『「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」』。


 すごく単純化してしまうと、有機農業というと、食の安全とかエコロジーということで、人と自然にやさしいイメージがあるわけですが、実はあのナチスの政策と親和性があった、当時の有機農業を推進していた運動家とか思想家はナチス運動と関係があった、という話ですね。


 これが出て、それほど時間がたっていないときに読みまして、僕は「さすが京大だな」と思ったんです。京都大学は世間でどういうイメージがあるかというと、何か変な人間がいる大学だと。現実は普通の人も多いですね、残念ながら。ですから、僕がこの本を読んだとき、「やっぱり、いたんだ。京大には、ちゃんと変な人がいる」と、非常に安心したわけです。


pshujihara.jpg  藤原辰史さん

 ふじはら・たつし 1976年生まれ。京都大学卒業。京都大学人間・環境学研究科中途退学。京都大学人文科学研究所准教授。専門は「農業史」「食の思想史」で、近代社会の農業や食のあり方と政治や社会との関わりについて研究し、『トラクターの世界史』『戦争と農業』『ナチスのキッチン』などの著書がある。
 2015年夏、安全保障関連法案に反対する「自由と平和のための京大有志の会」を立ち上げた発起人の1人で、藤原さんが草稿を書いた「戦争は、防衛を名目に始まる。」で始まる声明書は、朝日新聞でも報道され、大きな賛同を得た。

 なぜ変わっているかというと、藤原さんの著作はどれもそうですが、学問的なジャンルとして何に属するのかというのが既存の枠組みでは難しいわけです。


 広く言えば歴史学、この場合は農業史に近いのかなと思いますが、いわゆる農業史とも違う。いろんなジャンルにまたがって、かつ一本の筋を貫いている。非常に高い人文学的な素養によって、いろいろなジャンルをつないで論じている。そういうところに論述の特徴があります。


 そして、そういう人文学的な基礎から農業実践、それと政策とのかかわり、さらに実践を支える思想にまで踏み込んで記述をしてきた知識人というのは、日本では非常に少ない、ほとんどいないんじゃないかと思うわけです。こういう特異な研究スタイルは、どういうふうにして築き上げてこられたのでしょうか。


藤原 おそらく、私がほかの研究者の方々と違うのは、学会で育っていないということです。この本を書くまでは、ちゃんとした学会には入っていなかった。どうしたかというと、自分たちで組織した院生の研究会、つまり、やりたい人が4時とか5時に集まって、最終的にはお酒を飲むことが目的なんですが、その前に一応、勉強会をする。


 今でも忘れないんですが、3年生のときに誘われたのは、丸山眞男の『日本の思想』を読もうということだったんですが、ほとんどわからなかったんです。ほとんどわからないけど、背伸びをして友だち同士でしゃべる場所。


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 たまたま私がいた研究室で雑誌をつくろうということになって、そこで毎年、論文を書いていたんですが、院生が一人、担当になって全部の編集をするんです。エディター作業もそこで学ぶという手づくり感覚の、学園祭のノリで、私は研究の修行をしてきて今日に至ります。


 ですから、私の文章は通常の歴史学の文体と異なると指摘されます。最近『トラクターの世界史』という本を書いたのですが、トラクターを研究テーマにすることは、オーソドックスな歴史学の研究室ではなかなか許してくれないかもしれない。私の趣味のテーマで本が書けるのは、若い人の特権である勢いとか思いつき、アイデアをつぶさないような先生と仲間たちに恵まれていたからです。そういう背景があったと思いますね。


pssirai.jpg  白井聡さん

 しらい・さとし 1977 年生まれ。早稲田大学卒業。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。政治学者。京都精華大学講師。著書に『永続敗戦論―戦後日本の核心』など

白井 今のお話を聞いていて、私の形成と非常に似ているなというのを感じました。


藤原 白井さんも、あまり学会という感じがしないですね。


白井 学会の空気がどうも好きじゃない。というのは、事実上、あそこはポスト分配機構ですから。


藤原 厳しいな。なるほど。


白井 教授クラスの人たちがよく「うちの学会は権威主義じゃなくて、自由な雰囲気があるんだよ」なんていうことを若手に言うわけですが、それは「その見解に賛同しなさい」という命令を言外に発しているわけで、既に権威主義なんですね。その業界で、こいつを一人前の研究者として認めていいかどうかを判断する場所が学会なので、これが権威主義にならないはずがないんですね。なのに、妙にリベラルなフリをするものですから、気持ちが悪い。というわけで、学会というところは、どうしても行かなきゃいけない用がない限りは、あまり行かないということです。


 じゃあ、どうやって勉強していったかというところも、すごく似ているなと思うんですが、僕の大学時代は自発的な読書会ですね。


藤原 どんな本を読んでいたんですか。


白井 マルクスを読んだり、ヘーゲルはまったくわからなくて死にそうになるとか、カントを読んだり。いわゆる古典というやつですね。


藤原 そういう本は、心にゆとりがないと取り組めないですね。


白井 そうですね。古典を読む習慣というのは大学生のときにつけないと、だめじゃないかなと思いますね。たぶん、それが一番、勉強の基礎になったなと思います。



立て看に育てられた

白井 どういうふうに勉強してきたのかというところから、人文学の未来というところに期せずして直結してくる。それは何かというと、最近少し話題になっている京都大学における立て看禁止問題です。今は、実際に撤去された状態にあるんですか。


藤原 いや、まだ大丈夫です。もちろん撤去された立て看もありますけれども、まだあります。


白井 大学当局が撤去すると言い出したわけですが、根拠として持ち出してきたのが景観条例ですね。


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藤原 そうですね、京都市の。


白井 京都の百万遍の交差点、まさに京都大学の入り口に当たりますけれども、そこには常にいろいろな立て看が立っている。政治的アピールを含むものが多いです。景観条例を根拠にしているものですから、それが目ざわりだ、汚い、だから撤去しろという理屈なんですね。


 これに対して「けしからん」という声が上がりまして、京大の学内有志が声明みたいなものを出したんですね。藤原さんも呼びかけ人に加わっていらっしゃると思いますけれども、「署名を集めるから」という話が回ってきたので、私も署名をしました。


藤原 ありがとうございます。私も京都大学の出身ですけれども、立て看に育てられたところがあるんですね。どういうことかというと、自分自身も立て看を書きましたけれども、アピール力のある字とか絵を書かなきゃいけないんです。


私はソフトテニス部だったんで、「ソフトテニス部に入ろうよ」みたいな新入生向けの立て看を書いたんですが、まったく魅力的じゃないんですね。「自分は何と狭い表現力しか持っていないんだろう」と、自分の限界を思い知らされました。


 そして、当時もいろんな問題があって、「そうか、今、橋本龍太郎がこういう問題を起こしているんだ」ということがわかりますし、「そうか、従軍慰安婦をめぐって、こういう問題が起こっているから、こういう映画鑑賞会が開かれるんだな」とか、世の中を知る、今のSNSなんかよりも、よほど先端のメディアだったわけです。


 吉田寮の自治を大学がつぶそうとしているように、そういう自由な表現の空間がなくなっていくというのは、単に大学がきれいになるという問題ではなくて、知性のありかたが貧しくなっていくという問題だと思いますね。



「ゆるさ」がキーワード

白井 大学は、あいまいなスペースを全部つぶしてきたんです。


 立て看のあるスペースもそうですし、(私が出た早稲田大学の)地下部室なんていうのも、何をやっているかよくわからない所だった。大学は学生が来て勉強をする場所である、あるいは、課外活動をするのであれば、正式に大学に登録されたものをやればいいというのが大学の理屈ですね。


 ところが、現実の大学はどうであったかというと、いずれにも分類できない、よくわからんことをやっているというのが大学生の特権であり、エネルギーの根拠であり、それが知的生産の根源の場なんですね。


藤原 よくわかります。


白井 それを全部つぶしてきている。その結果、何が起きたかというと、学生の居場所すらないということなんです。一人で食べる「ぼっち飯」が恥ずかしいから、便所の個室で昼飯を食べる「便所飯」というのが起きた。


 飯を食おうというとき、僕が学生のときは部室でしたね。部室へ行けば、「ここは自分の場所だ」という感覚があるから落ち着きますし。学食にパーテーションを設けて、「ぼっち飯」を恥ずかしくないようにするというのは最悪の解決で、それなら、ゆるいスペースを復活させるというのが筋でしょう。


藤原 そのゆるさというのが人文学のキーワードだと思うんですね。


 私が京大に入学したころ、建物はすごくボロかったから壁が落書きのスペースになるんですね。学生が勢い余っていろいろなことを書いているところから私は学んだんです。僕が一番好きな落書きは、男性トイレの個室に入ると、座った目の前に書いてあったんですが、「紙に見放されたウンをつかめ」という。こういう表現は、こういうところでしか学べないんですね。


白井 確かに。


藤原 今なら、これは器物破損罪で逮捕されることかもしれないけれども、こういうことは大学では大目に見られてきていて、立て看もそうだと思うんです。それは人を傷つけるんじゃなくて、新しい概念を生み出そうとする。「ウンをつかめ」というのが、どれほど新しい概念かはわからないけれども、そういう言葉のリズムとか、おもしろさみたいなものを私は教えられました。それは、ゆるさというか。


 それとつながっていると思うんですが、最近、私は2カ月半ほど、ドイツのハイデルベルク大学でゼミをしてきました。世界各地から来た人と英語でゼミをしたんです。そのときに一番感動した言葉は、ハイデルベルク大学のモットーなんです。


 これはSemper apertus(センパー・アペルトゥス)というラテン語なんですけど、ドイツ語でImmer offen(インマー・オッフン)というんです。どういう意味かというと「いつも開いている」。大学のモットーにしては、すごく弱くて、肩すかしをくらったような言葉に一見思えるけど、すごくかっこいいモットーだと思います。つまり、いつでも受け入れる。


 外部の人はある時期から大学に入りづらくなったんですね。ロックがかけられたようになって、キーボタンがついて、外の人が大学へ入れなくなる。でも、我々がやっていた大学の研究会は、外の人が入ってきて、一緒に本を読んでいたりした。これは何かというと、大学の中にいる人間の知的退廃防止ですよ。そうでないと、外からの批判にさらされなくなるわけですから。


pssub.jpg  つまり、常に開いているということが、大学の知の形成においては重要である。今、これだけ国際化の時代なのに、だんだん閉じる方向に向かっている。


白井 昔は、「この人、大学生じゃないよな」という人が、よくいたんですね。私がやっていた勉強会にも、よくわからないおじさんがいたんです。なぜか、いるという。


藤原 僕の卒業論文とか、研究会でご一緒していたけど、どういう方なのかよく知らないおじさんに、赤ペンを入れていただいたんです。


白井 いったい、あの人は誰だったんだろうと。今の権力がすごく執念深いのは、何が行われているのかがよくわからない空間の存在を絶対に許さないということで、そうやって見ると、首尾一貫した姿が見えるなと思うんです。だから、京大の立て看問題はかなり重要で、ここを頑張り抜けられるかどうか。



信じるものを批判する力

白井 僕が思うのは、大学で行われている研究や教育は、人類の生活の向上や幸福に寄与するべきであると。どういうことが寄与するのかというと、広い意味での知的生産だと言いたいわけです。


 ただ、どういう状態が知的生産として豊穣な状態なのかということに対して、財界の人たちは、おそろしく貧しいイメージしか持っていない。でも、我々のように人文学的なことをやっている人たちにも責任があるんですね。


藤原 ありますね。


白井 つまり、すぐに無用の用とか言いたがるじゃないですか。「これは無用に見えるかもしれないけど、ひょっとすると、こういう無用のものが役に立ったりするんだよね」みたいなことを言いたがる人が、うちの業界では多いわけですけれども、残念ながら、まったく人の心に響かないし、単に無用である場合も本当に多いんですね。


藤原 厳しい。


白井 僕がこの本(『ナチス・ドイツの有機農業 「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」』)を最初に知ったのは、年配の中小企業の社長さんから飯をおごってもらったときのことです。ベトナムで水道関係のことをやっているその人が、この本をおもむろに取り出して、「最近、これを読んだんだ。これは、う~ん」と言って、黙りこくったわけです。


藤原 「う~ん」のあとが聞きたい!


白井 ショッキングだったらしいんです。水、エコロジー、衛生ということ......、強い志を持って事業を展開されてきたんだと思いますが、その思想の根源が、ひょっとするとナチズム的なものと親和性があるのかもしれない、そういうことに気づかされたと思うんです。


 人文学が生産するもの、この書物がそういう生産物なわけですけれども、それとビジネスというのは、結局、つなげる人次第だろうと思います。「おまえらがやっていることは、まったくつながらないだろう」と、財界の人たちは言いがちだけれども、「それは、あなたたちがつなげることができない、無能だからでしょう」と、僕は言いたくなるんです。


藤原 ベトナムで事業をやっている方の話は、とてもありがたいです。人文学の基本的な部分は、批判力だと思うんです。どういう批判力かというと、自分の身内、自分が信じているもの、あるいは、自分が頼らないと生きていけないものでさえも、内側からきちんと批判し続ける脳内筋肉、脳の体力と、考えようとする強さ、これが人文学だと思うんです。


 僕は、エコロジー、有機農業の考え方が世の中を救っていくと思っていました。かつ、エコロジカルな世界観、価値観のない時代において、自然と人間が共生するのはとても新しいことだと思っていましたし、今も思っています。


 だけど、こういうダークな歴史を振り返らないで「人間は自然と共生していくべきです」とか「自分は正しいことを言っています」的な言葉を繰り返していては、エコロジカルな、新しいことにはならないんですね。そのためには、自分が信じているもの、自分が考えているものに対する、繰り返しの批判力が必要で、そうでないとクリエイティブなものは生まれないんです。


 これは企業の方もそうで、何か新しいものをつくるときには、同じことをやっていては新しいものは生まれない、批判力を身につけることが必要。この批判力というのは、たぶん人文学で一番身につくものだと思うんです。常識を疑う力。そういうところでは、端的に役に立つ学問だなと思います。


白井 そうですね。そこに真の知的生産があると。そして、真の知的生産というのはどういう場から生まれてくるのかというと、キャンパスの中にある、何だかよくわからない場所から出てくる。



人文学に大学は必要か

藤原 もっと言うと、もう一つの問いを立てないといけなくて、人文学にとって大学が必要かという問いなんです。これは大変シビアな問いですけれども。つまり、そういうクリエイティブな人文学の概念を生み出してきた人は、だいたい大学の外の人じゃないですか。


白井 多いですね。


藤原 例えば、我々がよく引用するヴァルター・ベンヤミンという思想家は、フランクフルト大学で教授資格申請論文を拒否された人ですけれども、今、ヴァルター・ベンヤミンを研究してご飯を食べている研究者はいっぱいいます。人文社会科学で引用されるナンバーワンはマルクスだと思いますが、マルクスは当然、大学にいなかった。創造的な作品を生み出すためには、大学の外との緊張関係の中に常にさらされていないと、非常に弛緩した学問しか生まれないというのが私の印象です。


白井 そうですね。今、本当に厳しい状況になってきているなと思うのは、大学が知的でなくなってきている。逆に言えば、知が大学という空間を見放し始めている。


藤原 そういうふうに見えますね。


白井 大学で知的生産ができないとなると、外で組織したほうがいいという話になってくるんですね。だから、僕は最近、大学にいても楽しくないんです。


藤原 大学が楽しくなるためには、さっきのハイデルベルク大学のモットーじゃないけど、オープンじゃないといけないと思うんです。


psnatisu.jpg  私は最近、芸術をやっていらっしゃる方との交流が増えたんです。『ナチスのキッチン』という本を書いたんですが、これは台所を歴史の主人公に据えようというチャレンジだったんです。それを書いてから、写真家とか画家の方からメッセージをいただいて、そういう方たちと交流するようになったんです。


 これは、人文学の一つの可能性だと思うんですが、何かをクリエイトしていくとき、本を読んで勉強をするだけでは足りないものを、大学の外の方と一緒につくっていくことが、学問のかけがえのない楽しさを感じるときです。


 例えば、京都大学には芸術学部はないですね。東京大学にもない。アメリカの大きな大学であれば、芸術学部というのが普通にあって、学ぶべきものとしての地位が与えられている。そういう意味で人文学の未来を考えたとき、時代に対して非常にフロントで、水しぶきを浴びているような芸術をやっている人々との対話というものも大事かなと思いますね。


白井 そうですね。だから、知的生産があり得る大学的な空間というのは、芸術系しかなくなっているのかなというのがあって、現に僕が拾ってもらったのは、芸術系の学校であるところの京都精華大学ですからね。


藤原 それはおもしろいですね。白井さんが芸術系の大学にいるというのは。


白井 ある意味で、最後のとりでなのかなという感じがしないでもないんですけれども。


 京大の立て看問題に戻ると、あれを景観条例にひっかけたというのは、どういうセンスなんだろうと。世界の大学、ドイツなどは顕著だと思いますけれども、立て看とか、ステッカーとか、めちゃくちゃ多くなかったですか。


藤原 ステッカーは多いですけど、ハイデルベルク大学は意外に多くなかったな。でも、公園とか、信号機にいろいろなステッカーを貼るというのは、すごく多いですね。


白井 あれは、ある種の公共性ということのアピールであり、まさにそういったメッセージが、そこの場を公的空間にしているんですね。


藤原 大学の中にいる人が、その空間にさらされているんですね。


白井 そうなんです。だから、その空間というのは、その大学が一流であることを示しているんです。三流大学、四流大学になると、こういったものはないんです。なぜかというと、そこへ来ている学生のレベルは残念ながら低いので、公のことを考えないからなんです。したがって、そういったメッセージ類が貼り出されることがない。だから、京大は、わざわざ三流大学、四流大学のまねをしようとしているんですね。


藤原 ステッカーなり立て看が持っているものは、社会との接点なんですね。自分がやっていることは、これとどれだけの距離感があるかを確認できる一つの装置でもあって。たぶん、景観条例というのは言いがかり的なところがあって、僕は、立て看があるほうが美しいと思います。




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会場からの質問に答えて


食堂についてどんな研究を?


白井 藤原さんは食をテーマに研究をされているということで、それに関しての質問が来ています。「台所には重要な機能があると思います。藤原先生は、キッチンにどういうことを期待されるんでしょう」「食堂について、ほかにどんな研究をされているのか、お聞きしたいです」。


藤原 私自身が現代ドイツのキッチンの歴史を研究してわかったのは、キッチンという場所の専門化なんです。


 昔、キッチンという場所は、人が集まり、料理をし、いろんな人が出入りをして、オープンスペースだったわけです。そこへ1900年代の初めにテイラー主義というものが入ってきて、主婦である女性が合理的に労働できるように、負担の少ないキッチンをつくらないといけないという運動が起こり、その結果、システムキッチンが生まれる。そういう話を書きました。


 システムキッチンによって、多くの台所が使いやすくなったし、清潔になったと思いますが、そこで忘れられた歴史があるんじゃないかと。これは、キッチンの共同化という話で、「ぼっち飯」の話につながるわけです。


 ですから、私は食堂を研究しています。食べる場所について世界史を描くとしたら、家族以外の人と食べていた時代のほうが長いんじゃないか。しかし、今は家族という近代的制度の中で食が閉じ込められているような気もする。


 もちろん、日本では飲み会が盛んですが、一方で、子どもたちが家でご飯を食べられない、あるいは、お父さんもお母さんも働きに出ていて、子どもが一人で食べているという状況がある。「だから、女性は家にいるべきだ」という議論が保守政治家から出ますけれども、そうではなくて、例えば、学校給食の場を増やす。そういう意味で、家族以外の人と食べる場所にこだわっていくと、何かが見えてくるんじゃないかというのが、今の研究です。


白井 藤原先生がおっしゃったことは、少子化の問題とも関係していて、もはや核家族という単位でも一緒に飯を食わなくなってきている。核家族を形成することすら難しくなってきている。家族の崩壊と食の崩壊、同時に再生産の崩壊、要するに人間が子孫をつくって生き延びていくことが不可能になってきているという話だろうと思うんです。こういうことを関連づけて見ることが人文学なのかなと思うんです。


藤原 よく家族というものを前提に議論されているけれども、家族とはいったい何かという問いを立てられるのが人文学なんですね。だって、根源的じゃないですか。家族というのは、意外に最近できた概念なんじゃないかと考えたりする、それが人文学のいいところだと思います。


 そうすると、食の問題が必ず絡んできて、200年さかのぼったら、ドイツでは家族と一緒に食べていないという事実が出てくる。家族というものはこれだけ変容を遂げているのに、制度というのは、いまだに家族におんぶにだっこじゃないか。そういうちぐはぐな部分を歴史から振り返ることができるというのが、人文学の強みですね。


日独の大学の違いは?


白井 「日本の大学とドイツの大学の異なる点は、どんなところにあるんでしょうか」と。


藤原 ハイデルベルクへ行ってよかったところは、ゼミのときに学生がしゃべるのをやめないということです。教員が話そうとするのを止めてでもしゃべり続けます。その代わり、あさっての方向へ行きます。特に、日本の食のテーマで、ラーメンについて論じたときには、えらいことになりました。世界各地のラーメンについての自慢大会になってしまう。議論が止まらない。教員を差し置いてもしゃべり続けるのはすばらしかったです。


 また、僕に対する「教えてくれ」アピールが強いです。「こういう論文を書きたいんだけど、先生はどう思う? アポをとりたいです」という依頼がものすごく多かったので、僕はハードでしたけれども、めちゃくちゃ楽しかったです。僕は英語の発音はカタカナ英語ですけれども、それでもアメリカの学生が僕のところへ来て「先生、教えてください」と言ってくれる。言い換えると「こいつを使ってやろうじゃないか」という学生たちの姿勢は、気持ちがよかったです。


 一方で、日本の大学のいいところは、さっき言った研究会ですね。暇な時間に教員とかが集まって研究会をしている。しかも、その発表時間たるや、欧米だと、発表が20分で、10分だけ答えるとか、すごく短いんですが、日本の研究会、特に私がいる人文科学研究所というところでは、2時間しゃべって、2時間、質疑応答をするんです。


 私の友人の場合、4時間しゃべったことがあります。その後、飲み会へ行って、そこでもしゃべって、11時か12時に帰るので、12時間ぐらいしゃべっているんですね。その粘りかげんがいいというのを、よその国の大学の先生からお褒めの言葉としていただく。


ユマニスム思想は生きているか?


白井 「エラスムスのユマニスム思想は今もヨーロッパで生きていますか」と。


藤原 ユマニスムというのは人文主義というものですね。人文主義がどれくらい根づいているのかということですが、ルーヴェン大学というベルギーにある大学は、15世紀にできた、非常に古い大学ですが、そこへ呼ばれて「トラクターの世界史」というテーマで話してきました。


 そこの図書館で「エラスムスの夢」という展示があったんです。エラスムスというのはまさに人文主義者で、ルターが宗教改革をして500周年ですから、非常に盛り上がっているんですが、その時代、キリスト教が分裂して、キリスト教に対する信頼が揺らぎ始めていた時代に、エラスムスがもう一度、ちゃんと聖書を読もうということで、キリスト教と知性を結びつけようとしたわけです。


 そこでエラスムスはどうしたかというと、聖書をきちんと批判するために、三つの言語でやろうとして、それにまともに影響を受けた人が、本当に三つの言語で聖書を読む大学をつくるんです。この三つというのは、ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語です。ある物事を考えるときには、二つでは足りないんです。


 何が言いたいかというと、第二外国語の重要さです。韓国語なり、中国語、アラビア語、ドイツ語なり、まったく違う言語と、日本語と、もう一つ、英語。この三つで見ないと、わからない。三つの点をもって平面ができますが、二つでは線にしかならない。


 そういうことをエラスムスは言ったわけですが、原典をしっかり読んでいく精神は、決して自明のものではないんです。今、成果を残すということにヨーロッパでも駆り立てられていて、じっくり本を読む時間が削られているのは明らかです。そういう意味では、根づいてはいるけれども、なかなか、そううまくいかない状況は日本と一緒だということをお伝えしたいと思います。


AI社会で人間はどうなる?


白井 AIに関する質問があります。「現在は技術暴走の時代だと思われます。原子力、医学、AI、軍事技術と、これは一見、人間の幸福に寄与しているように見えるため、そこの進歩を進める専門家の意思が一方的に働いているように思えます。こういう意思の体系を変えるのが人文学じゃないでしょうか」というご意見です。

 それから「コンピューター社会の行きつくところは人工知能、AIにすべての判断を委ねるような社会ではないでしょうか。そうなると、人間の文明はどうなってしまうんでしょうか」というご質問です。


藤原 まず、前提として、人文学者が人文学を褒めてばかりではいけないと思うんです。


 人文学があまりにも実学を軽視してきたことは非常に罪だと思っています。なぜかというと、僕は農学の研究もしているんですが、良質の食べ物をたくさん生産したいという目的だけに積み上げられてきた学問の中には、人文学者が見ても大変豊かなものがあります。


 実学、つまり、土と向き合っている人の中にある知を人文学者は無視しすぎてきたということがあります。その問題とこれが重なるんです。


 どういうことかと言いますと、今の技術は、与えられているものばかりですね。自分たちで新しい技術の関係性をつくろうということを人文学者は考えてこなかった。ある意味でお任せだった。


 例えば、僕はいまだにパソコンを使うと「パソコンに使われているな」という感じがあるんです。結局、自分の論文は、パソコンとインターネットの技術の上でつくり上げられていることもあるんです。でも、そうではなくて、人文学者から新しい技術の形を提示しないといけない気がします。


 その上でAIについてお話ししますと、私の同僚である岡田暁生さんという音楽学者の、AIについてのある文章がいいなと思っているんです。彼に、ある雑誌か新聞社からとんでもない質問が来たんです。AIはモーツァルトを超えられるかと。つまり、モーツァルトのような作曲ができるか。これは、けっこう根源的な問いだと思うんです。


 岡田さんは、ノーと答えました。それは、できないだろうと。「ただし」という、ここがすごいんですが、ただし、多くの人がいつの日かAIがつくった音楽をモーツァルトだと思う日が来るかもしれない。つまり、人々の知性が落ちていく、あるいは人々の感性がAIに慣れ親しんだときは、その差異がわからなくなってしまう。その危険のほうが大きいんじゃないかと言っているんです。


 つまり、私たちは、物事をちゃんと鑑賞し、吟味して、かみ砕いて自分の血肉と化していく訓練を続けていかないといけない。言葉を磨いて、言葉をかみしめて、自分の胃袋の中に落としていくような訓練を、これは人文学者だけではなくて、皆さんも含めてしていかないと、いつの日か、AIがつくったラーメンがおいしいと。これは致命的だと思いますね。


 ラーメンというのは、ある意味で味のノイズだと思うんです。そのノイズが大事だと思うんです。計算式でラーメンをあらわして、AIがつくるようになって、「これが豚骨ラーメンです」と出てきて、いつの日か、それをおいしいと感じる日が来るかもしれない。そのとき、僕は、人類の終わりだと思います。


 そうではなくて、ラーメン屋の人たちがやっている、ある意味でのノイズの合奏、豚骨から染み出てきているノイズ、ラーメン屋さんがこうやっているときに落ちる汗のポトッというノイズ、おばあちゃんがラーメンを出すときに親指を突っ込んでいる、ここから出てくる1万個の常在菌の味、そういうノイズが消されていくことが、味の消滅だと思っています。


 そういう意味で、AIが来たことによって問題になるのはそっちだと思いますね。


白井 AIで何が問題かというと、これから圧倒的に兵器でしょう。


藤原 間違いない。


白井 結局、AIの開発で、一番本気になるのはそこですね。


藤原 今、戦争の民間委託がされているのは公然の事実ですけれども、今後は、機械を使って戦争が起こるということも事実として出てきています。


 例えば、機械の虫の開発が奨励されているんです。「ロボットの虫が家で飛んでいたら楽しいな」というのは、とんでもないですよ。これは軍事技術に転用されるんです。つまり、ここに毒をちょこっと入れておいて、テントウムシ機械を日本じゅうにまいたら、日本が全滅するわけですね。そういう意味で、軍事技術の進歩とAI化というのは、すごく危険だと思います。


 たまに「これからはロボット同士が戦うようになるから、人間が傷つかなくていいじゃん」と言う人がいるんですが、これもとんでもないです。これは、近代戦のイメージから抜けられない人であって、簡単に言うと、人工知能同士の物体が戦う戦場が生まれるのではなくて、敵国へ飛んでいったテントウムシが一般人の水なり電気なりのインフラをストップすれば戦争は勝ちです。


 もっと言うと、原子力発電所にテントウムシを派遣したら終わりですから、今後はそういう戦争になってくると思います。もっと危険になると思いますね。


なぜ、食の研究を?


白井 「なぜ、食のことに藤原さんは研究の関心を高めていったんですか」という質問が来ています。


藤原 食や農業というのは、学者からはしばらく無視されていたというか「こんな研究をしたってさ」という感じだったんです。だけど、私自身、第1次世界大戦の研究をしたときに気づいたんですが、結局、胃袋のある人間が歴史をつくっているわけです。ヒトラーだって、レーニンだって、ご飯を食べていないとああいうことはできなかったわけですね。


 特に20世紀の歴史というのは、常に飢餓があるんです。ロシア革命が起こったときは、第1次大戦後で、ロシアの人々はご飯を食べるのにも非常に厳しい状況だった。ドイツも第1次大戦で負けたとき、民衆に食料を配れなかった。だんだん断ち切られていって、飢えていった。76万人の餓死者が生まれて、そのうちの半分は子どもだった。


 そういう歴史、つまり、おなかを減らして苦しんだという歴史が20世紀をつき動かしていって、それが反転するんですね。


 どうなるか。二度と飢えさせないようにしたい。そのためにどうするか。ヒトラーが考えたのは、第1次世界大戦の悲劇を二度と起こさせないために、ドイツは飢えない国をつくる。そのためには食料生産地である東ヨーロッパを自分の占領地にしてもよいという論理になってくるんですね。だから、飢えというものがなければ、ナチスはああいうふうにならなかったというのが私の説なんです。


 そう考えると、食べ物というのは私たちの喜びであり、楽しみであり、本当に貴重な、私たちの生きることそのものですけれども、それが何らかの形で抑えられたときに起こる人間的な反応、それが歴史を形づくっていることに気づいてから、食の研究を本当にやろうと思ったんです。


 日本の食料自給率はカロリーベースで38%ですが、これと日米安全保障を結びつけて考える人は少ないんです。この低さでは、食料大国のアメリカに自国民の生命をゆだねていると言っても過言ではありません。これだけ食料を欧米、特にアメリカに頼っている以上、「食料をストップするよ」と言われた瞬間に、ドイツと同じことになります。

(構成 八田智代)