寂庵での日々について語る瀬戸内寂聴さん(中央)と秘書の瀬尾まなほさん(右)

特集

寂聴さんと秘書・瀬尾まなほ、寂庵での日々を語る 
阪急生活楽校×朝日新聞中之島どくしょ会 瀬戸内寂聴・瀬尾まなほ特別講演会詳報 (2017年11月27日開催)

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 作家・瀬戸内寂聴さん(95)との日々をつづったエッセー『おちゃめに100歳!寂聴さん』(光文社)を、寂聴さんの秘書・瀬尾まなほさん(29)がこの秋、出版した。11月27日、阪急うめだホール(大阪市北区)で開かれた中之島どくしょ会(※)は、同書を課題図書に、お二人が対談。普段通りだという軽妙なやりとりを交えながら、京都・嵯峨野の寂庵での暮らしや、瀬尾さんから見た寂聴さんの素顔などが語られた。会場では幅広い年代の約400人が聴講。朝日新聞大阪本社生活文化部の岡田匠記者が司会を務めた。


 (※イベントは朝日新聞社と阪急うめだ本店が主催。名称は「阪急生活楽校×朝日新聞中之島どくしょ会 瀬戸内寂聴・瀬尾まなほ特別講演会」)

あれっ、この人95歳だよね


司会 秘書として寂庵でお勤めになって、一日の生活というのは、どんな感じなんですか。


瀬尾 朝9時に寂庵に来て、掃除をして、先生の朝ご飯の用意をして...。掃除が終わったらパソコンを開いて仕事を受けたり、スケジュールを管理したり、出版社の人とお話をしたりという感じです。仕事の締め切りが近づいてきたら、なるべく書いてもらうように先生に頼んだりです。


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瀬戸内 だんだんこの人、うるさくなってね。今日なんか、ここへ来るために、もう、うるさい。「起きろ」とか、頭を剃(そ)っていないとかね。それでもお化粧をしてくれてね、きれいに見える? この人がお化粧をしてくれるんですよ。


瀬尾 今日はマスカラもアイラインも入っています。(笑)


瀬戸内 お化粧がとても上手なの。頭は私が自分で剃るんですが、たまに気が向いたら剃ってくれるんですね。それも、とても上手なの。だから、うちをクビになったら美容師になったほうがいいんじゃない?


瀬尾 クビになるんですか? 私。(笑)


司会 普段からお二人はこんな感じですか。


瀬戸内瀬尾 こんな感じですね。(笑)


瀬戸内 66歳違うんです。66違ったら、考えることも、言葉も違うでしょう。だから、この人が来て以来、異国へ行った感じですよ。(笑)


司会 瀬尾さんにとって66歳違う先生はどんな感じですか。


瀬尾 私にとって先生は先生でしかなくて、母親でもないし、おばあちゃんでもないです。友だちでもないんですね。「そういえば、この人、95歳だったよね」って驚くこともあるんですけど、私たちとテンポよく会話もするし、たまにピザやパスタも、もりもり食べますし、すごく気が若いんです。


瀬戸内 当たり前じゃない。


瀬尾 当たり前なんですかね。


司会 でも、先生は、若さの秘訣(ひけつ)は瀬尾さんみたいな若い秘書といらっしゃることとおっしゃっていますよね。


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瀬戸内 私、「先生」と言われるのが、あまり好きじゃないんですね。電話なんかで(寂庵のスタッフが)「うちの先生が」なんていうのを聞くと、ぞっとするの。だから、みんなに「先生って言うな」と言ってあったんです。そうしたら、みんなが考えて、寂庵の庵主だから「庵主さん」「庵主さん」と言いだしたの。
 そうしたら、まなほが不思議な顔をして私のところへ来て、「みんなが、あなたのことをお饅頭(まんじゅう)さん、お饅頭さんと言うんですけど、どうしてお饅頭なんですか」って言うの。(爆笑) 何も知らないの。知らなさすぎるのがおもしろくて。


司会 そうやって、毎日、笑いながら過ごすのがいいんですかね。


瀬戸内 顔を見たら笑うのね。「今日はどんな変なことを言うのかな」と思って、言わない前から笑うんです。健康になるには、笑うのが一番いいんですよ。笑って朝が明けると、その日は一日いいことがある。


司会 瀬尾さんは、先生と毎日、明るく笑いながら過ごされていて、どうですか。


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瀬尾 大作家なんですけれども、一緒にいると、私のほうが大人のような気がしたり、「あれっ、この人は95歳だよね。でも、私、子どもに怒ってるのかな」と思うぐらい、子どもっぽくて無邪気な、それがいいところなんですけど、少女みたいな天真爛漫(てんしんらんまん)なところがあって。
 私が一人、締め切りでキリキリしていても、「大丈夫、大丈夫」と言いながらテレビで相撲を見始めて、「いけ、いけ!」って、大きな声が聞こえるんですよ。(笑) 「先生、書いてよ」と思うんですけど、何とかして、いつも締め切りには間に合わせるんですね。徹夜とかをして。


瀬戸内 そりゃあ、プロですもの。


司会 95歳になられても、徹夜もされるんですか。


瀬戸内 徹夜をしないと間に合わないことになるから。今でも、1カ月に2~3回は徹夜しますね。間に合わないの。



人の才能を見つける名人なの


司会 瀬尾さん、書くことは昔から好きだったんですか。


瀬戸内 私は、すぐにまなほの文才を認めました。ときどき私の机の上にお手紙があるんです。それは、まなほが書いたもので、その手紙がとてもいいの。それで「ああ、この人は文才があるな」と思ったんですよ。
 でも、うっかり「ものを書け」と言って人生を誤ったら困るでしょう、私みたいに。だから、黙っていたんですね。あるとき、まなほの手紙を私の小説の中に、そのまま使ったの。そうしたら、評判になったんですね。


司会 『死に支度』ですね。


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瀬戸内 まなほは思ったことをそのまま書くんですね。それも自分の言葉で書くんです。それがとても新鮮で、いいの。文学少女は、それをいくら言ってもできないのね。自分が思っている以上によくしようと思って、いろんな難しい言葉を使ったりするんですけど、まなほは自分の思うまま書くんですね。それは一つの才能だなと思いましたね。


司会 そういうのは小さい頃から書かれていたんですか。


瀬尾 ポエムにはまった時期が中学生のときにありまして、その時から文章の持つ力を感じたので、エッセーはよく読んでいました。純文学は読んでいませんが。


瀬戸内  私は、人の才能を見つける名人なの。文学雑誌で賞を選ぶのがあるでしょう。そういうときに私が選んだら、たいてい、ほかの人は「だめ」って言うのね。こんなに才能があるのに、どうしてみんなはわからないんだろうと思って。でも、私が選んだ人は、みんな今、一流になっています。


司会 じゃあ、瀬尾さんも。


瀬戸内 こんな程度じゃあ、一流だとは言えませんけどね。でも、30歳前に本が出た。しかも立派な会社から出ましたね。



エネルギーは、肉を食べること


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瀬尾 先生とはいろんなところへ一緒に行きました。国会前のデモにも行きましたし、都知事選で細川(護煕)さんの応援をしにも行きましたし。
 いろんなことを急にぱっと思いついて、仕事もスケジュールもあるのに「私、行くから」と言い始めて、その2日後には東京へ行く感じなので、私はかなり臨機応変に対応できるようになったかなと思います。


瀬戸内 この子は、世の中の動きとか、そういうことにはまったく興味がなかったんですよ。だけど、うちへ来たら、私の動きがそういうことだから、仕方なくついて来るでしょう。デモへ行くじゃないですか。そうすると肌で感じるから、だんだんそういうことがわかってきたの。それは、よかったなと思いますね。生きるということは、自分と世界でしょう。自分と世の中、自分と外国の人たちね。自分だけじゃないのね。それがわかったことは、よかったなと思います。


司会 先生は大病から復帰されて2~3カ月で、国会前のデモに行かれたじゃないですか。ああいうところへ行くんだという先生のエネルギーというのは、どういうところから出てくるものなんですか。


瀬戸内 エネルギーは、肉を食べること。


瀬尾 そこ !?


瀬戸内 長生きをするにはね、肉を食べなきゃだめですよ。それと、頭がぼけないためにも。上等の肉でなくてもいいから、1日に少しでいいから肉を食べたほうがいい。これはお薦めです。魚より肉のほうが、効く感じはするわね。私の頭がまだいいのはね、肉のおかげです。



死んだら地獄に行きたかったけれど


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司会 先生は3月にカテーテル手術をされたんでしたね。


瀬尾 そうなんです。


司会 カテーテルの手術は、毎月寂庵でされている法話の会がきっかけなんですね。


瀬尾 その日の夜、足がぱんぱんにむくんで、しんどくなって、ろれつが回らなくなって。病院へ行って、即、緊急入院でした。
 足に主な血管が3本ずつあるんですけど、それが見事、全部詰まっていて、心臓も3本のうち2本がほぼ詰まったような状態だったので、最悪、足は壊死(えし)して、切らなくてはいけないので、カテーテルを入れて血流をよくする手術をしましょうという話になって、今年の2月に入院して、カテーテルの手術をして。本当は心臓もしなきゃいけない状態だったんですけど、本人は「いいのよ、死にたいから心臓はしたくないわ」と言っていたんです。


瀬戸内 「心臓は、いいんです。生き飽きたから、死んでもいいから、心臓の手術は嫌です」と言ったの。そうしたらお医者さんが「ああ、そうですか。でも、痛いですよ」と言うのね。心臓の手術をしないと、死ぬ前に痛くなるって。痛いのには私、弱いのね。あわてて、「それじゃあ、やります」って、やったんですよ。
 人生観が一つ変わりました。死んだら極楽なんか退屈でしょう。いつでも花が咲いて、鳥が鳴いて、おいしいものがあって、働かなくていい。だから、地獄のほうがおもしろそう。今日は赤鬼が来るかなって。だから、死んだら地獄へ行きたいと思っていたんですよ。だけど、じっと考えると、地獄は痛いという。だから、地獄は嫌。今は、すぐ極楽へ行きたい。


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司会 カテーテル手術の2カ月後にはもう飛行機に乗られて、京都から岩手の天台寺に行かれましたね。


瀬戸内 でも、もう、いつ死ぬかなと思ってる。「今夜、死ぬかな」と思うようなときがありますけどね、それが死なないのね。このあいだから、ずっと入院するでしょう。「これで死ぬのかな」と思うと、必ず治って、また帰ってくるんですよ。 そろそろ遺言を書かなきゃいけないって言われるんですよ。だけど、遺言って書いたらつまらなくなって、書きたくなくなるから、「遺言」と書いた紙ばっかりがあるの。どうでもいいと思ってね。死んだ後なんか、どうにでもしてくれと思っているんですよ。



生きるとは、人のために生きること


司会 瀬尾さんは、寂庵に行かれてから先生に学んだことはずいぶんあるものですか。


瀬尾 学んだことはいっぱいありますね。本の中にも書いたんですけれども、自分がどれだけ世の中のことを知らないかを思い知らされるんです。私の家族が幸せだったり、友だちが幸せだったりという、その狭い範囲で物事を考えていることは、よくあることだと思うんですけれども、それじゃあ、だめなんだと思うようになったのは、先生の姿を見てからですね。いつも誰かのために行動して、自分の利益のために行動することが一切ないんです。
 自分がしたいことといえば小説を書くことなんですけれども、そのほか、原発反対や戦争反対というのは、すべて誰かのため。人のために、この95歳の体にむちを打ってし続けるというのは、「私は何をやっているんだろう。何で、こんな小さな範囲の中で生きているんだろう」と、恥ずかしくもなるし、私ができることがあればと思って、若草プロジェクト(後述)に参加させてもらうことになったんです。


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瀬戸内 生きるということはね、人のために生きるんですよ。自分のためじゃないのね。私は比叡山ですから、最澄の教えなんです。忘己利他(もうこりた)といって、己を忘れて、他に利すという言葉が一番大切だと教えられているんですね。
 この年になったら、本当にそうだと思いますね。自分のために何か欲しいなんて、もうないんじゃないですかね。自分が生きている限り、誰かの役に立っている、誰かが喜んでくれるというのが、やっぱり生きる喜びですね。
 だから、皆さんもね、あなたがいるために誰かが幸せになっているんですよ。あなたがいるために、誰かが不幸せになっている場合もあるけどね。でも、だいたい、あなたがいるために誰かを幸せにしている。それが生きる意味だと思いますね。だから、人のために尽くすということね。自分のためになんて、知れていますよ。


司会 特に若い皆さんに...。


瀬戸内 若い人はすべてがこれからだから。世界は、若いあなたたちのものでしょう。日本をよくするのも、一人一人が幸せになるのも、若い人の力ですから、頑張ってくださいね。



知ってしまったら、「知らない」とは言えない


司会 瀬尾さんは若草プロジェクトの理事として活躍されています。


瀬尾 若草プロジェクトを知る前は、私より若い少女や若い女性で、今日寝る場所がない、今日何を食べよう、今日家に帰ったらまた父親から暴力を振るわれる、どこにも居場所がない、という女の子が、世の中にこれだけたくさんいることを知らなかったんです。
 それはテレビとか映画の話である、もしくは外国の話だと思っていたんですけれども、一度、秋葉原と歌舞伎町で、少女たちに潜む危険を知る夜のツアーに参加したんです。「これ見てごらん。このロッカーは、少女たちにはものすごく大切なもので、このロッカーに自分の持ち物全部を入れて、ここで着替えたり、大切な物を入れるんだよ」とか、「見て、あの子、こんなに寒いのに素足にサンダルだよね。あれは、たぶん家出をしてきた子だよ」とか、自分で気づかなかったことを教えてもらえたんです。
 町を歩いていると、みんなが同じ向きに歩いているのに、男の人が進行方向に逆らってこちら側を見ているんです。私たちは気づかずに歩いているんですけど、それは、女の子たちにいつ声をかけようかと、女の子たちを物色している、キャバクラとか風俗へ勧誘するキャッチなんですね。それにも気づかずに、私たちは普段いるんです。
 日本の中に、暴力におびえたり、帰る場所がなかったり、自分の性を売ってお金を稼がないと、その日を暮らせないという女の子がこんなにたくさんいることにものすごく衝撃を受けて、何ていうことなんだろうと。
 私のように、楽しい高校生活を過ごして、大学まで行かせてもらって、普通の恋愛をしたり、友だちと遊んだりすることができるのに、何でこの子たちは高校にさえ行かせてもらえないんだろうということに自分の中で納得できなくて。
 今でもはっきりした答えはないんですけれども、知ってしまったからには、「知らない」とはもう言えないと思ったんですね。


瀬戸内 とても熱心にやっています。まなほのいいところは、何か自分が感じたら、それをまっすぐ感じて、理屈なしに感動するんですよ。ひねくれていないのね。
 普通は、そういうのを見ても、「そんなのに手を出しても、動かない世の中だ」と、手を引っ込める人がいるでしょう。それが、何かに感動したら、身を挺(てい)しようとするのね。それは、とてもいいことだと思うんです。でも、選挙に出るなんて言ったら止めますけどね。


瀬尾 出ません。(笑)


瀬戸内 そのうち誘いが来るかもしれないね、こんなことを言っていたら。



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会場からの質問に答えて


司会 先生は、このあいだ亡くなった日野原重明先生とも仲がよかったと思うのですが、質問の中で「日野原さんの年齢まで、あと10年ありますけど、その10年間、どんなことをされたいですか」というのがあります。


瀬戸内 やっぱり小説を書き続けたいですね。ほかに、何もできないものね。
 日野原先生はおもしろいんですよ。言うことと、することが全然違うの。
 健康のためには小食、粗食とおっしゃっていたんです。先生がうちへいらしたことがあって、そのとき、ちょうどお昼だったから、うちの子たちがサンドイッチを出したんですね。「先生、すみません。粗食があまりなくて」と言って。そうしたら、じっと見て、肉が入っているのを食べるの。そして、またじっと見て、肉が入っているのを食べるの。野菜は後。おいしいものから食べるのね。だから「先生は、おっしゃることと、なさることが違いますね」と言ったら、「みんな、そうですよ。小説家もそうでしょう」って。とても、おもしろい方ですよ。


司会 悩みとか病気とか、つらいときに元気になる方法は、という質問です。


瀬戸内 病気をしたり、失恋をしたり、人間はつらいときがありますよ、どうしても。そういうときは、人に相談したりしたってだめだから、自分が何をしたら今、気がまぎれるかを考えなさい。好きなことね。
 病気でなかなか起きられないときは、今、何をしたら、何を思ったら自分の心が明るくなるかを一生懸命、考えるの。
 私がこのあいだずっと病気をしたときです。あまり病気をすると、うつになるんですね。「ああ、これはうつになりかけだ」と思ったから、何をしたらいいかなと一生懸命、考えたの。私はものを書いているときが一番幸せだけど、病気で書けないでしょう。じゃあ、何かないかなと思ったら、俳句ね。昔、ちょっとしたことがあってね。「あっ、これだ」と思って、俳句を集めて自費出版したんですよ。そうすると、気持ちがわき立って、病気を忘れてほがらかになった。
 だから、皆さんも嫌なことがあると、何か食べたい物を考えて、「あれを食べたい」と思ったら、人のお金でもいいから、もらって食べるのね。それから「あれが着たい」と思ったら、どんな無理をしてでも、それを一遍着てみるとか。自分が一番したいこと、自分がそれをしたら楽しくなることを思い切ってやってごらんなさい。そうしたら、ちょっとした病気は治ってしまうと思います。 そうやって、人間は自分の具合の悪いこと、苦しみをすり抜けていくんですよ。そうしないと生きていられないものね。嫌なことは次から次へ起こりますから、それをいいことで覆っていきましょう。


司会 こんな質問もあるんです。「瀬尾さん、先生にやめてほしいことはありますか」。


瀬尾 「携帯電話に知らない番号から電話がかかってきたら、出ないでね」と言っているんです。間違い電話かもしれないし。でも、出て、すごく長くしゃべっているから、誰としゃべっているんだろうと思って、切った後に「誰としゃべっていたの?」と聞くと「知らない」って言うんですよ。  さすがにそれにはびっくりして、「先生、知らないの?」と言ったら、「誰か、わからない」と言うんです。それなのに2時間ぐらいしゃべられる、このおしゃべりの才能って、すごくびっくりします。


司会 「今までにかかわった方で、もう一度会ってみたい方は、いらっしゃいますか」という質問が来ています。


瀬戸内 死んだら誰に会いたいだろうなって、珍しく昨日、眠るときにじっと考えたのよ。本当に昨日なの。そんな質問が来るのは不思議ね。
 それで、誰にも会いたくないっていう結論が出た。もう死んでしまったんだから、今さら会ったって、しようがないと思って。


司会 今は、どうですか。先生が亡くなった後じゃなくて、今、現在。


瀬戸内 今、会いたい人にはちゃんと会っているもの。だって、電話をしたり、何かをしたら、すぐに来るじゃない。


司会 「先生の人生にとって、本を書くというのはどういう意味があるでしょうか」という質問も来ています。


瀬戸内 人生のすべてです。小説を書くという名目で家を飛び出していますからね。まさか「若い男にほれました」なんて、みっともないじゃない。そんなことは言いませんよ。だから「小説家になります」と言って家を出ています。小説家にならないと、子どもに対して名目が立たないんですね。それで、小説家になった。
 私が子どもを置いて出たということは、してはならないことね。男をつくったとか、不倫をしたという問題より、それはひどいでしょう。「お母さん、行っちゃいや」って言えない小さな子を置いて家を出たなんていうのはね。そういうことをするときは正気じゃないの。そのときは気が狂っているんです。そうでなかったらね、子どもを置いて家を出たりしません。
 だから、私は、生きている間は幸せになっちゃいけないと、自分で思っていますよ。そのために出家していますけどね。出家をしたら、普通の幸せになっちゃいけないというのは、そういうことなの。


司会 今後の作品『いのち』(講談社、2017年12月02日発売)、そして瀬尾さんの次回作、話せる範囲で教えていただければと思います。


瀬戸内 『いのち』は「群像」に連載していたんですけど、去年、病気していたでしょう。だから、連載を休んだことが5~6回になるんじゃないかな。


瀬尾 3回です。


瀬戸内 そんなのは、今までないんです。だから、今度は仕上がらないかなと思ったんですけど、病気が治って、このあいだ仕上げたんです。だから、それが最後の長編になるのかなと思うんですけど。
 書いてあるのは、もう、2人とも亡くなっていますけど、大庭みな子さんと河野多惠子さん、その2人のことを書いてあって、ぱっと読んだら悪口みたいなところもずいぶんあるんだけど、それは愛情がなければ書けない悪口なのね。だから、私はちっとも悪いと思っていないんですね。
 なぜ、その2人を書いたかというと、私が小説を書いている間に出た女の作家として、その2人が最高なんです。その2人は、日本の文学史に残ります。河野さんはノーベル賞をとるだろうと、ひそかに思っていたし、大庭さんはとても詩的で、いい文章を書くんです。それで2人とも異常なんです。その面白さは格別です。文学史に2人を書く人の何よりの史料になりますよ。私をいれて3人の女が文学に生涯をかけた「いのち」を書きたかった。


司会 瀬尾さんは、いかがですか。


瀬尾 私の次回作は決まっています。他にも書かせていただくことがあれば、どんどん、何でも書いていきたいなと思っています。

(構成 八田智代)