関西スクエア賞受賞記念講演会で対談する河西秀哉さん(右)と玉岡かおるさん=9月30日、大阪市北区の朝日新聞アサコムホール

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関西スクエア賞受賞記念講演会 (2017年9月30日開催)       河西秀哉氏&玉岡かおる氏

 象徴天皇制研究者で2016年度関西スクエア賞を受賞した河西秀哉さん(神戸女学院大学准教授)の受賞記念講演会が9月30日、朝日新聞アサコムホール(大阪市北区)であり、約130人が来場しました。作家の玉岡かおるさん(関西スクエア会員)が河西さんを応援する特別講演も。玉岡さんは古代の女帝「孝謙称徳」を描いた著作があり、河西さんが教鞭をとる神戸女学院大出身。お二人の個性と才能が響きあい、歴史を学ぶことの大切さを深く考えさせる内容でした。


河西 「公的行為は古代から続く天皇の行いを体現したものだと、天皇は認識している」


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 まず、河西さんが「象徴天皇制の現在と未来」というテーマで講演。昨年8月8日に天皇が退位について語られたお言葉の中から、「天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と平和を祈ることを大切に考えてきました。事にあたっては、ときとして人々のかたわらに立って、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えてきました」という言葉を紹介。被災地訪問など、憲法に書いていない、天皇の象徴的行為である公的行為が平成に入ってから非常に増えている、と述べました。


 「天皇は政治を動かす立場になく、伝統的に国民と苦楽をともにするという精神的な立場に立っています」という天皇の言葉も紹介し、天皇の公的行為は決して特異なものではなく、古代から続く天皇の行いを体現したものであると天皇は認識している、と説明しました。


 昭和天皇は太平洋戦争後、全国を巡幸し、1947年6月12日、神戸女学院を訪問。女学院の生徒は天皇の歩かれる道をバイオリン演奏でお迎えし、賛美歌も歌ったと、河西さんは紹介。賛美歌を歌っている生徒たちが泣き始めると、天皇も泣いたという光景が新聞でも取り上げられたという。天皇と国民の新しい関係性を象徴するもので、明仁天皇の象徴的行為の原型になっているのではないか、と指摘しました。


 昨年8月のお言葉で、天皇は皇位の安定的な継承についても言及。現在の皇室典範による規定では、女性皇族が結婚すると皇室を離れ、皇位継承者が先細りとなる。一方、被災地訪問など天皇の公的行為が増加しており、河西さんは女性宮家や女性天皇についての議論をおそれるべきではないと指摘。「男性でも女性でも優秀な人が天皇になったほうがいいのかもしれないということを話し合ったほうがいい」「女性天皇というと家系が変わってしまうという根強い反対論はあるが、古代では女性天皇が普通にいる。それはなぜかということを考えておくべきです」と述べました。


玉岡 「孝謙称徳は玉座に2回ついた女性天皇。それだけ力も信望もあった」


 続いて、玉岡さんが「古代における天皇の座 女帝を輩出した土壌」というテーマで特別講演。冒頭、「未来を生きるとき、歴史を振り返れば必ずヒントがある。日本を今日まで存続させてきた一本の大黒柱、それが天皇家、皇室であることは疑いない。天皇家を知るということは日本の文化と歴史を知ることです」と語りました。「天照大神は女神だが、そのサポート役には男の神様がついており、日本は神話の時代から男女協働でやってきた。そういう思想が根付いた国家なので、優秀であれば、女でも男でも問題ない。古代ではすんなり女帝が生まれています」。


 玉岡さんは自身の作品「天平の女帝 孝謙称徳」を取り上げ、「孝謙称徳は玉座に2回ついた女性天皇。それだけ力もあり、信望もあった。仏教によって国を治めようと、西大寺を建立。現存していないが、東大寺に匹敵する壮麗な寺院だったらしい。外国の先進的な文化を取り入れるために、歴代天皇の中で一番多くの遣唐使を派遣しました」。


 「大きな戦乱にも打ち勝つ軍事力、政治力もあった。それなのに、道鏡とのスキャンダルなどで正当に評価されていない。女性を天皇にしたら、男にたぶらかされて国がだめになるということがまことしやかに伝えられている。しかし、帝王学を受けた人がそんなことをするだろうか。資料を読むとつじつまが合わないこともたくさん出てくる。どこかでこの歴史をただす時期が来るのではないかというのがこの小説を書いたきっかけです」と締めくくりました。



                  ◆◆◆ お二人の対談 ◆◆◆


河西 「ヴォーリズは象徴天皇の一つの基礎を作った」


司会 神戸女学院大を設計したヴォーリズが意外なところで天皇とつながっていくという話から始めていただければと思います。


河西 天皇は神ではないという昭和天皇の「人間宣言」を発表したとき、草案を書くのは天皇側ではなく、最初はGHQが書きました。ヴォーリズはそこにかかわっています。


玉岡 私の小説『負けんとき』に出てくるヴォーリズの奥さんは女学院の卒業生ですけれども、ヴォーリズは帰化して日本人になります。奥さんの名字をとって一柳米来留(ひとつやなぎ めれる)。米国から来て留まる。それだけの決意をして、日本人だから帰らんぞという気持ちをあらわした人です。 戦争が終わったとき、ヴォーリズは「日本人から天皇をとったら、この国はばらばらになります」「日本人は精神的な民族だから、その支えになるためには天皇がいないとだめ」ということをマッカーサーの副官に言っています。


河西 建築家であるだけではなくて、現在の象徴天皇の一つの基礎をつくった人として見てもいいのかなと思いますね。


河西 「女性天皇賛成は8割、9割。実現には、もっと強く言うこと」


司会 会場の皆さんから「女性天皇はいつ実現しますか」と「どうしたら実現しますか。具体的な方法があれば」というご質問をいただいています。


河西 世論調査をすると、8割、9割が賛成です。ただ、残りの1割、2割の声が大きすぎるということです。 反対の人たちのほうが天皇制に熱心な人たちが多い。どちらかというと賛成の人たちは「まあ、まあ」という感じなので、賛成の人たちがもっと強く言うことが、実現性が強くなるのかなという気がします。


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玉岡 男性でも女性でも、どちらでもいい。力のある、賢い人がリーダーになってほしいですね。男にこだわる、足かせを外してほしいということなのです。しかも、女性がなると「これは支えなあかん」というので、男性が頑張ってくれます。太陽は一個しかない、でも星はいっぱいあるからと輝きを増す。こういう考えにしていくというのが、一つの女性天皇支持論ということだとお伝えしたいと思います。


司会 もし天皇が外国人の方と結婚されて、その子どもが天皇を継ぐということもあり得るのでしょうか。


河西 象徴天皇制というのは現在の社会を体現する存在だと思います。そうすると、今の国際化社会の中でそれも一つの選択肢としてあるのかなと。今までなかったかというと、実はあります。玉岡さんの小説に書かれています。桓武天皇のお母さんは朝鮮半島から渡ってきた人です。これは意外に知られていなくて、これを国際結婚と言っていいのではないでしょうか。実は、明仁天皇は2002年の日韓共同のワールドカップの前にそのことを発言されました。


司会 今の天皇の国事行為以外の公的行為、被災地へいらしたりする。これはどこまでやればいいのかというお尋ねがありました。


河西 これは私たちが考えなければいけない問題です。「前の災害のところへは行ったのに、なぜここには来ないの」という声があると聞いたことがあります。天皇は公平でなければならないところがあるので、そう言われると行かざるを得なくなってしまいます。そうすると際限なく増えてしまう。


玉岡 私の夫のおじがペリリュー島という激戦地になった島で亡くなっています。壮絶な戦いだったそうですが、あまり知られていなくて、そこへも天皇陛下が行ってくださった。それで慰められるというのがあります。


河西 難しいですね。忘れられた人のところへ天皇が行くことで、思い出させるとか、人々に記憶させるとか、その人が救われるということもあるので、そこのバランスは難しくて、悩ましいですね。


玉岡 「歴史の中にヒントがある。道を照らしてくれる」


司会 歴史を学ぶ意義をどのようにお考えでしょうか。


玉岡 時間をさかのぼってみると、人間は現在と同じような苦難に立ち向かったり、押しつぶされたり、はい上がっている。人間って、いとおしいなと思います。人間は弱いから何かにすがったり、失敗したりするわけですけれども、必ず歴史の中に立ち向かうヒントがあるなと気がつきました。歴史は自分の支えになって、道を照らしてくれるものだということに気がついたので、私はこれからも、歴史小説家として書き続けるつもりです。


河西 「歴史をやって何になるのですか」と、よく聞かれます。「何が、そんなに楽しいのですか」って。確かに、歴史は楽しむところもあるのですけれども、それだけではなくて、女性天皇の問題でも、私が自分の意見を発表するときに、歴史を知っていると、「女帝なんて、昔は普通にいました」という話から始められるわけです。

 玉岡さんの小説にあるように、すごく優秀な女性が天皇になっていますね。そうすると、女性天皇ということを発言するときにも、「古代でも、女性、男性に関係なく、優秀な人がなっています」と言える。私が自分の意見を発言し、決断をするときに、歴史を知っていることでちゃんと言えるし、うそを言ってくる人にきちんと対抗できるところはあります。

 それを知らないと、言われたことに「そうなんだ」とだまされる可能性もあるわけです。そうではなくて、私たち自身がこれからも何かを決断するときに、「これって、あのときのあれに近いのでは」とか「あれと違って、ここではこうしたほうがいいのでは」ということが判断できる。決断するときには歴史を知っておくことが大事かなと思います。

 だから、歴史を知ることは過去を知ることだけではなくて、実は、未来の決断にもつながると私は考えています。学生さんにも「古いことを知るだけじゃない。こういうことをちゃんと知っておくことで、自分の次の判断につながるのだよ」ということはいつも言っております。


(構成 湯浅好範)


河西秀哉
かわにし・ひでや 1977年生まれ。名古屋大学大学院博士後期課程修了。神戸女学院大学文学部総合文化学科准教授(日本近現代史)。昨年8月に天皇が生前退位の意向をにじませた件について、メディアなどで活発な言論活動を展開。著書に『明仁天皇と戦後日本』(洋泉社、2016年)、『平成の天皇制とは何か 制度と個人のはざまで』(共編、岩波書店、2017年) など。趣味である合唱の歴史も研究し、『うたごえの戦後史』(人文書院、2016年)を出版。
玉岡かおる
 たまおか・かおる 1956年生まれ。作家。兵庫県在住。神戸女学院大学文学部卒業。著書に『お家さん』(新潮社、2007年)、『負けんとき ヴォーリズ満喜子の種まく日々(上下巻)』(新潮社、2011年)、『天平の女帝 孝謙称徳』(新潮社、2015年)、『花になるらん―明治おんな繁盛記―』(新潮社、2017年)など多数。